星と風と海流の民#11/満潮に沈む都市ナンマドール01
「ナンマドールは満潮になると大半が海中に沈んでしまう。だから中までボートで入れるようになる」
トシさんが言った。
「潮が引き始めたらころに到着するようにする。中まで入りたいだろ?」
「ん」
「潮が引き終わって、もう一度ボートが動けるようになるには3時間くらいはかかる。暗礁だらけだからな。総計で8時間くらいの探訪だ。ルシアが弁当の支度をしてる」
「悪いな。客は俺一人か?」
「お前は客じゃない。友だちだ」
「ありがと」
「友だちの冒険旅行に付き合うんだ」トシさんが笑った。
浅瀬に係留したボートまでは、到着の時と同じように海の中を歩いた。ボートは昨日の1/3もないフィッシングボートで船外機がついていた。
「乗るのに揺れるからな。気を付けろ」トシさんが言った。
意外のほか荷物が多くて運ぶのは夫人も手伝ってくれた。
「弁当は俺が運ぶとグチャグチャにしちまうからな。ルシァは彼女が盛り付けたままの形で、俺たちに食べさせたいんだ。だから蓋を開けるまで触らせちゃくれないよ」
二人はタガログ語で話した後、欧米人のように抱き合って接吻した。そして彼女はボートを下りた。
ボートはゆっくりと海へ進んだ。
「今日は、俺たちがいないうちにコロニアへ行ってくるそうだ。町でお前が食べられそうなものを買ってくるらしい。今夜は、ちっとは文明人らしい食い物がでるぜ」トシさんが笑った。
コロニアKoloniaは空港のすぐ南にある港町だ。アメリカ大使館がある。いまはパリキールPalikirへ中心地は移ったが、僕が訪ねた頃はコロニアに全てが集まっていた。
ボートは右側に島影を見ながら進んだ。
「むかし、オロサパOlosohpaとオロサファOlosihpaという兄弟がいた。二人は魔術師だった。二人はカヌーに乗ってこの島へやってきた。彼らはこの島に農耕の原始神ナニソン・サープウNahnisiin Sapwの神殿を作ろうとしたんだ」
ボートを操舵しながら、トシさんが怒鳴るように言った。
「そして荒波から守られたマドレニム湾Madolenihmw Bayの近くに聖都市を作ろうとした。それがナンマドールだ」
「すごいな。まるでガイドみたいな説明だな」僕が云うと
「ガイドだよ。俺」と怒鳴った。
「二人は魔術師だ。石を魔術で操り、巨大なブロックにして積み上げた。行くと判るがな。とんでもない巨石が各所にある。50トン以上ある石塊だ。とても考えられない技術だ。オリシパとオロソパは92の人口島を作った。そしてすべてが水路で繋がっていた。それぞれがナニソン・サープウNahnisiin Sapwの神殿。王の宮殿。住民の家。墓地として使われた。その建設の途中、兄のオロサパは老いて亡くなった。オロソパは一人でこの町を完成させた。そしてセーデレウ王朝を築き上げた。
これがサウデール王朝創生神話だ。オリシパとオロソパへの敬愛と信仰は今でもこの島で生きてる。二人の末裔と言う一族もいるし、ポナペでの宗教儀式や祝祭は彼らを祀ったものなんだ」
考古学的には、サウデール王朝は、1100年代後半に始まったと云われている。
強力な中央集権的な統治体制で王が絶対的な力を持っていた。サウデール王朝は厳格な階級社会だったそうだ。王は神であり、政治的宗教的な支配者だった。その背景を支えていたのは農業だった。タロイモ/ヤムイモ/ココナツ/パンノキを集約的に生産していた。
フィッシングボートは小一時間あまりでマドレニム湾を抜けた。そしてゆっくりと面舵にすると、さらに島に沿って走った。トシさんはあごで島を指した。
「ナパリ島Nahpaliだ。ここにも日本軍の拠点が有った。今はマングローブの中に埋もれている。もう少し先がナ島Naだ」
フィッシングボートは島に沿って走った。そして島を回り込むように更に右へ入り込んだ。
「ナカプ湾Nahkapwだ。これがナンマドールの海の玄関だ。目の前にあるのがナンマドールだ」
トシさんはナ島から離れてナカプ湾Nahkapwを横断した。