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小説特殊慰安施設協会#31/東京宝塚劇場

R.A.A.のダンサー寮へ移った後も千鶴子はマメに小美世の家を訪ねた。築地の鰻屋宮川に有った寮と、小美世の家は5分も離れていない。あいだに三吉橋を挟むだけだ。千鶴子は事務所の帰り、殆ど毎日小美世のところへ寄った。そして細々した片付けの手伝いや談笑の後、夕食を頂いてから寮に戻り、着替えをして千疋屋のダンスホールへ出かけるという日課だった。そして日曜日は火急の仕事がない限り小美世とゲンとすごした。小美世たちとの何気ないおしゃべりが、千鶴子の心の支えになっていたのだ。

勘の鋭い小美世である。唐突に寮へ移ると言った千鶴子の懸念を、交わす雑談の中ですでに気が付いていた。きっと小美世なりに「どうしてだろう」と考えたに違いない。しかしそのことに小美世は触れなかった。ただ事あるたびに「着替えはウチでおしよ。寮は寝起きするだけでいいわよ。千鶴子さんの着るものは二人で選ばせておくれな。ゲンの奴の身なりなんか弄くっても面白くも何ともないからね」と言った。「それに落ち着いたら、またウチに帰ってきて欲しいしねぇ。神様からのアタシのご褒美、お願いだから取り上げないでおくれよ。」

千鶴子はその「落ち着いたら」の言外に「中野が」あることを敏感に感じていた。小美世さんは私の不安に気が付いている。・・もう少し。もう少し時間が経ったら。そして竜造寺家から追っ手がかからなければ・・小美世さんに相談しよう。千鶴子はそう思うようになっていた。

千疋屋ダンスホール開店の翌日18日の夕方、千鶴子はワッツ中尉からのプレゼントを手にして小美世の家に寄った。小美世は火鉢の前で繕い物をしていた。手を止めないまま言った。
「昨日は遅かったのかい?」
「はい。終わった後も色々雑務が残って。」
「掛け持ちは大変だね。どうしてもしないといけないものなのかい?」
「ごめんなさい。わがまま言って。」
小美世は黙って小さくため息をついた。
「そのうちね。すべてが好いように片付くさ。お天トさまは、チヅちゃんの頑張りをチャンとご覧になってるよ。必ずチヅちゃんの願いは叶うよ。」小美世は呟くように言った。
 千鶴子は黙ったまま、小美世の手元を見つめた。
「ところでさ、ウチのお弟子さんが東宝劇場に出てるのよ。東宝の子なんだけどさ。」小美世が言った。
「日比谷の?」
「そう。」
「燃えなかったんですか?」
「無傷じゃないけどね。」小美世が言った「それで急ごしらえで体裁作ってお芝居かけてるのよ。大盛況らしいの。」
「大盛況・・」敗戦宣言から一ヶ月。灰燼の中から大東京は首を上げ始めている。千鶴子はその姿を幻視した。
「ウチのお弟子さんが出てるから、支配人の結城さんが招待状を届けてくれたの。28日までの小屋だから、今度の日曜日三人で行ってみないかい?ゲンの奴もね、少しは晴れやかなトコへ引っ張ってかないと、埃くさくてどうしようもないからね。」小美世が嬉しそうに言った。

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日比谷にある東京宝塚劇場は、帝国ホテルの隣にある。この二つの建物は空爆目標から外されていたので、殆ど損傷のないまま終戦を迎えた。銀座通りの服部時計店、松屋デパート、松坂屋、そしてGHQ本部が置かれた第一生命会館などは屋上に高射砲が設置されていたのにも関わらず空爆の対象外になっていた。
サイパン島を陥落し、同地から日本本土へ空爆が出来るようになると、米軍は勝利を確信したのだろう。戦後の接収を鑑みた空爆計画を立てたのである。都内で絨毯爆撃に晒されたのは主に無辜の人々が暮らす住宅地域だけだったのだ。

カーチス・ルメイが立てた作戦は、周到なものだった。先ず攻撃目標となる住宅地を定めると、その周囲へ焼夷弾を落とす。炎の輪で逃げられないようにするのだ。そして、それから中心部に絨毯爆撃をかける。徹底殲滅を図るという作戦だ。大半が紙と木で出来ている住宅はこれで充分だ。欧州戦の場合、これに爆弾投下が先んじた。つまり先ず爆弾で、ビルの屋上を穴だらけにして、そこへ後から焼夷弾を落とした。こうしてルメイらはベルリンを含むドイツ/ポーランドの主要都市を、住民の肉片が散らばる街にしたのである。ちなみにベトナム戦争時代。毒ガスによる枯葉作戦を実行したのも彼だ。ルメイは「ベトナムを石器時代に引き戻してやる」と嘯いている。

このカーチス・ルメイに日本国政府は「自衛隊設立に貢献した」ということで、勲一等を与えている。佐藤栄作政権が為した無数の阿りの中でも最も醜悪なものだ。昭和天皇は自ら手渡すことを拒否されている。

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ちなみに虐殺将軍カーチス・ルメイに勲章をくれてやった佐藤栄作を大叔父とする阿倍信三も同じく戦争屋二人に勲章を出している。あの家系は戦争屋がお好きなようだ。



無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました