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ワインと地中海#19/ヒッタイトのワイン02

史家たちがヒッタイト帝国と呼ぶハットゥシャ人の国はアナトリアの中央北で大きくなった。本来は遊牧民族・半農半牧だったであろう彼らは、集約的な灌漑技術を習得し、それを駆使して巨大な立農国家を作り上げた。BC2000年からBC1500年くらいである。すでにアッシリア帝国は台頭し、エジプトには特異な王朝帝国が君臨していた。そして東側にミタンニ帝国が競合していた。もう一つ大きな競合として、フェニキア人たちが地中海東部海岸南レヴァントを中心に通商都市グループを幾つも建ちあげていた。

「そんなに競合が多い中で、ハットゥシャ人は何故その勢力をシリアやメソポタミア地方まで伸ばせたんだろう? フェニキア人を別として、ミタンニもアッシリアもエジプトも同じく灌漑技術を背景とした立農国家だったからね、同じような生産力を持って、同じように巨大で強力な組織国家だったにも関わらず、なぜヒッタイトが勝利したか?」
「500年ほどかけて<ヒッタイトは彼らを制圧したのね。どうして?」
「鉄だ。製鉄する力だ。アッシリアもミタンニもエジプトもまだ青銅器しか使っていなかった。たしかに一部、鉄は持ち込まれていたんだが酸化鉄で重い上に脆かった。武器として使える類ではない。ヒッタイトはもっと先を行ってたんだよ」
「もっとさき?」
「一つは、鞴(ふいご)を利用した炉を使っていたこと。鞴を利用すると燃焼温度が飛躍的に上がる。鉄の融点は1538℃だ。ヒッタイトの鉄文化は、鞴(ふいご)がもたらした画期的な製鉄技術によって紡ぎあげられたんだ。
楔形文字で書かれた粘土版文書({の中に、Anbarsigという言葉がある。"良質な鉄"という意味だそうだ。それとAnbargunniという言葉がある。これは"炉の鉄"という意味だそうだ。つまりヒッタイト人は錬鉄の際に、何度も幾つもの方法を使って鉄の質を高めていたらしい。当時、製鉄技術は群を抜いてヒッタイトが優れていたんだよ。
・・もう一つ。チャリオットChariotだ」
「ベンハーの中で出てきた・・あれ?」
「ん。馬に引かせた戦闘用馬車だな。ヒッタイトのチャリオットは堅牢で群を抜いていた。可動部に鉄をふんだんに利用していたからな、バビロニアやミタンニが使っていた青銅器製のチャリオットはひとたまりもなかった。・・つまりヒッタイトは『鉄を利用した軍備と、放牧時代に取得した騎馬技術で』西アジアを制圧したンだよ。バビロンを落としたのはBC1595年だ、ムルシリ1世の時代だ。この時代に『ヒッタイト法典』が作られている」
「ハムラビ法典とは違うの?」
「ハムラビ法典はBC1750年あたりにバビロニア帝国が起こしたものだ。王の墳墓壁面に書かれていた。ヒッタイト法典は、そのあと100年後あたりに成文化している。帝国の政令化のためにハムラビ法典に倣ったんだろうな。しかしまあ、拡大化しすぎたヒッタイトは、帝国外縁部の管理まで手が回らなくなっている。ローマと一緒だ。支配面積が増えれば、境界線での兵力は二乗倍に増えるからな。体制も兵力も維持できなくなってしまうんだよ。バビロンからは、BC1602年にカッシート王朝アグム2世に敗れて撤収しているんだ。新バビロン王朝がメソポタミアに誕生している。以降500年近くカッシート王朝はバビロニアを支配している。・・ところがだ」
「あ・でた、ところが」
「技術の専有化はそう何時までも保つことは出来ない。必ず周辺国に真似られて流出する。・・戦後アメリカの軍事産業の下請け場所として成長した日本の加工貿易技術も、結局はより低廉な労働力を持つ国へ流れただろ? いま地方の駅前に並ぶシャッター商店街は、その負け戦の象徴だ。ヒッタイトの突出した製鉄技術も結局は流失した。BC1300年時代になるとヒッタイト一極世界ではなく、西アジアは多極世界へと替わってしまうんだ。・・BRICS+が交易の半分を司るようになって、ドルの一括支配が不可能になった現代社会と同じだ。歴史はスパイラルに同じような進行をする」
「80年かけて第二次世界大戦が収斂し始めた・・というあなたの話ね」
「21世紀も1/4過ぎて、ようやく新時代へ向かおうとしてる。19世紀に起きた産業革命と同じ位の衝撃がやってくるんだ。・・僕もその激変に観察者として立ち会えると嬉しいんだ・・が」
「まあ、がんばって健康に気を付けてね」
「はい・・で、ヒッタイトだが。先進技術という底支えが無くなった彼らは統制力が脆弱になり、内乱を抱え込んで幾つもの国家へ分断していく・・同じ時期、支配下にあったはずのミタンニ北部にあったアッシリアが急速に台頭した。アッシリアはヒッタイトの製鉄術・戦争術を完全模倣して、強大化した軍事国だった。彼らはヒッタイトに戦いを仕掛けるんだが、ヒッタイトはぼろクソに負けて、多くのヒッタイト人がアッシリアの東部に開拓民として強制移住させられているんだ」
「それでヒッタイトは滅んだの?」
「いや・・かろうじて分断化したことが幸いして残った。しかし『海の民Luwinan』がこれを襲った」
「ああ・・どこから来たのか分からない『海の民ルウイ』ねぇ。必ず地中海へ暗黒時代をもたらした民なんでしょ?」
「ん。どこから来てどこへ消えたかもわからない。ルウイは船団で海岸都市を襲った。しかし同時に陸側にも集団を持っていた。つまり陸海同時にエーゲ海・レヴァント海域・エジプトナイルデルタを荒らしまわった連中だ。アッシリアの攻撃で半身不随になったヒッタイトの国家群は彼らによって息の根を止められたんだ」

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました