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星と風と海流の民#07/カロリン海の白い航跡02

その夜はトシさん夫人(ルシア)が作るタガログ料理を楽しんだ。
テーブルの上にはパクベットPakbetやアドボAdoboなどがヤマのように並んだ。そして大鍋に入れたままのカルデレータKalderetaが出た。トシさんの話は、サイゴンで米兵たちのバカ話に終始した。キッチンを終えてルシアがテーブルに付くと、今度はどうやって二人が出会ったかの話をした。

「私、叔父がやっているTu-Doのレストランで働いていたの。私、英語は得意じゃなかったの。初めてトシがお店にやってきたとき、彼が身振り手振りで色々話しかけてくるの。最初はトイレはどこだ?と言ってると思ったわ。でも話が通じなくて叔父さんを呼んだの。トシは私の名前を知りたかったらしいの」
「お叔父貴は、俺を上から下まで舐めるように見て、ブスっとルシア!と言ったよ。最初から蛇蝎のように嫌われてたな。だからこりゃ通訳は頼めないと思って、帰りにタガログ語の本を買ったんだ。でも中身はKamustaこんにちは、とかPaalamさようなら、とかMagkano ito?これはいくらですか?なんてもンばっかりだった」
「でも、あの本のおかげでSaan ang banyo?トイレはどこにありますか?が言えるようになったじゃない」
「ん。たしかに」
トシさんは、ルシアの店に毎日通った。
「毎日、色々土産を持って通ったよ。ルシアにじゃないぜ、叔父貴にだ。将を射んとせば先ず馬を射よでな。叔父貴を篭絡したんだ。それでようやくルシアとのデートを認めてもらった。それからは早かった」
「強引だからね。この人」
「言葉がうまく伝わらなかったからな。気持ちと願いを優先したんだ」
「最初のデートの時、タガログ語の本を出して、アンダーラインを引いた部分を私に見せたの」
「?」僕はトシさんを見た。
「Pakakasalan mo ba ako?結婚してください、だ。ルシアはびっくりしてたよ。でも俺が真剣な顔してたから、冗談で言ってるわけじゃないなと思ったんだ」
「だから、叔父さんと話してください、って言ったの」
「それから大変だった。サイゴンのフィリピン人はファミリーの結束が強かったからな。何度も何度も彼女のファミリーへ通ったよ」
「そういえば、結婚式が・・」
「ん。俺の知り合いは兵隊ばかりで少しだった。ルシアのほうは、その10倍くらい集まった」
その披露宴で、僕のバンドが演奏した。ドラムはミヤタだった。ジョディがすぐ傍のテーブルに座っていた。
「披露宴、楽しかったわ。ジョディが・・幸せそうにしてた」
「ん」僕は小柄なジョディの優しい笑顔を思い出した。
その二人が半年前、サイゴンTu-doを歩いていた時、テロに襲われた。その凶弾にジョディは殺された。

「ジョディのことはファミリーから聞いたよ。残念だ。ミヤタは?」
「怪我したが助かった。でも心は病んだままになった。帰国したよ」
「・・そうか。残念だ」

無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました