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夫婦で歩くブルゴーニュ歴史散歩3-6/バスを使ってコルトン歩き#04

ホテルで借りた自転車が電動だったから、内心安心した。
「でもラフはダメよ。歩道のないとこは避けてね」嫁さんに注意された。
ふん!といって無視。でも内心そうしよと思った。道はショーム通り、真っ直ぐである。道は細いがクルマの姿はなかった。これも内心安心した。
ショーム通りを50mも走ると村影は農道になった。村を出た。ゆっくりな登りだが、電動の威力である。

「シャルル大帝が台頭したとき、ブルゴーニュは完全にフランク王国のものになっていた。その体制を作ったのは祖父のカールマルテルだ。彼はクローヴィスの子らの宮宰だった。そして宮宰として外威と戦ったんだ。とくにサラセン軍に勝利したことで、かれは実質的に西ヨーロッパを制覇していた。クローヴィスの子らはダメダメな奴らばかりだったから、カールマルテルは思い切り自分の勢力を伸ばしたんだろうな。
『ローマ帝国衰亡史』でエドワード・ギボンはカール・マルテルを『中世最高のプリンス』と呼んでいるよ。彼の才覚と聡明さが孫・カール大帝に隔世遺伝したんだろうな」
「隔世遺伝は良いんだけど、自転車こぎながらしゃべると、息切れするわよ。しゃべりたいときは自転車停めて」
「・・・」
500mほど右先にコルトンの丘が見える。皇帝の天皇陵のように・・周囲は全て葡萄畑の中に、原始の森がこんもりと楕円形に在る。・・ただ在る。それはまさに目を伏せたままの旧神だ。・・周囲の畑は古い。2000年は経つだろう、日々耕され慈しまれ人々の心に守られている。
「人は入れ替わる。命は短い。しかし生きる者の命を守る畑は長い」そして、その畑が心寄せて寄り添った旧神は、もっともっと長い。
少し行くと右へ丘へ登る未舗装の道があった。それに面して数件の家が建っていた。ひとつに"DEGUSTATION-BOUTIQUEティスティング・ショップ"という赤い看板がでていた。おそらく農家だと思う。人影はなかった。
隣に公園が有った。家の壁におなじみのコルトンの地図が貼ってあった。
嫁さんがその地図の前に自転車を停めた。振り返っていった。
「寄り道する?お邪魔できるドメーヌかも?」
「まだ大丈夫だよ。もっと先まで行こう」
公演の横に"Les Chaumes Cru ATOXE CORTON"という看板が有った。そして少し先にまたコルトンの丘へ向かう未舗装の道が有り、低い壁で守られた畑が有った。その門に"DOMAINE BONNEAU DU MARTRAY CORTON CHARLEMAGNE"と有った。
「ここだ」僕は自転車を停めた。
「ボノー・デュ・マルトレーBonneau du Martrayの畑だ。彼はこの畑だけで獲れたシャルドネでワインを作る。この辺りの葡萄はコルトンの丘の方まで全部ここの畑だ」
「飲んだことある」
「ある。何回も、パリのトゥールジャルダンでも見つけて頼んだ。いつものルイ・ラトゥールよりもっと複雑な味だ」
「名前まで憶えてないけど・・あそこのワインリストが電話帳みたいで大きいのがふたつきたことだけ憶えているけど」
「あのときは誕生日プレゼントだったしな。K君がいたから、BONNEAU DU MARTRAYのCORTON CHARLEMAGNEと、僕のチョイスでCh Latourを頼んだ」

https://www.wine-searcher.com/find/dom+bonneau+du+martray+grand+cru+corton+charlemagne+cote+de+beaune+burgundy+france/1/france



「あ、ラトゥールは憶えているわ。ラトゥールは50年分全部飲むとか言ってた時でしょ。リストを練って歩いてたわよね」
「ん。あの時は76年だった。あの後もトゥールジャルダンはストックのバリエーションが豊富だったから、パリへ行くと何回も通ったな」
「50年ぶん全部飲むとか言われて、びっくりして白のことは忘れちゃったわ」
「すいません・・」
僕はそのまま畑の傍まで行き、農道のそばに有った土を掴んだ。
「ほら」よめさんにも分けようとしたら「いらない」といわれた。僕はそのまま口に入れた。
「ベースは三葉虫やアンモナイトの殻で出来ている化石だ。塩の味がする。それと古い泥灰土は、旧い火山の吐き出した噴煙の残滓だ。それが泥粘土に包まれている。おそらく頂上からこの辺りまで無数の色々な種類の石灰岩が折り重なって出来ているんだろうな。そうじゃないとアレほど複雑な味はもたらせない。ボノー・デュ・マルトレーはこの複雑な畑で出来た葡萄をおそらく別々に収穫しストックして第一次発酵の時にアッサンブラージュしていると思う。これは僕の想像だが、きわめて繊細に産み出していると思う」
「それ、トゥールジャルダンで呑んだときに言ってほしかったわ」
「言った。K君がメモしていいですか?ってたら書くより飲みなさいよ。ワインは飲み物よ。読み物じゃないわってた」
「わかったぁ。今夜のワインは・・これね」


無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました