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模型の場所

プラモデルを飾る場所が家には無い。買ってきたばかりの時はパッケージの箱の中、未完成の模型は抽斗に収まっている。しかし完成したプラモデルはどこに置けばいいのだろう。

「最近はトレッキングに目覚めて...」とか 、「ステイホームで家庭菜園を始めた...」。聞かれてなくても誰かに話したくなってしまう趣味に比べて、「プラモデル作ってて睡眠不足」と友人に自慢するのは、どこか時と場合と、人を選んでしまう。

いい歳した大人がプラモ...という偏見もある。しかし、それ以上に家にプラモデルを飾る場所がない。というのが最大の原因なんじゃないかと思ったりもする。

時計のコレクション、骨董の皿、ミニカー、キルトの布.... 集める趣味ならいろいろ。興味ない人には何の価値もないのに、それが家にある風景は誰の目にもどこか美しい。それに比べてプラモデルが家の中に置いてあると、どこか異次元。しかもよく出来た模型ほど家の中の風景とは馴染まない。子供の頃の友達の家の(彼のパパが作った)カラーテレビの上の戦艦大和は未だにトラウマ。

ウェザリングバリバリの戦車なんて異次元。重力が少し違う、というか何というか...座標グリッドが歪んでる。そこだけ現実じゃない。

模型にベースをつけると少しは据わりがよくなるのはそれが理由。キャンバスに額縁をつければ芸術、写真をフレームに入れれば思い出に変わるように、世界とスケールの衝突を避けるための安全装置。

しかし飛行機のプラモは不条理。滑走路以外に地面も持たず、空に止まる場所もない。
飛行機のベースはどこにある?

2_滑走路

作ったばかりの飛行機を本の上に置いてみた。エレールの往年のキット、1/72スケールのコードロン・シムーン。

「星の王子様」の作者のサン=テグジュペリ搭乗機。記録写真を調べてオリジナルデカールを製作、1935年のフランス-ベトナム最短飛行時間レースに出場した機体を再現しました。

3_砂漠を飛ぶ

サハラ砂漠を飛ぶ。
サイゴンを目指した飛行機は途中、サハラ砂漠に不時着。行方不明になって死亡説も囁かれたものの、カイロまで歩いて無事生還。その時の体験が「星の王子様」「人間の土地」へと繋がっている。

4_文字の海を越える

嵐の海を越える。
「夜間飛行」など飛行機小説で名を馳せたサン=テグジュペリは、どうも操縦は下手だったらしい。何度も事故を起こしている。飛行中に夢想してしまうのが理由らしいが、実際、彼が飛んでいたのは言葉の世界であって現実の空ではなかったのかもしれない。

5_キッチン不時着

ここは居場所じゃない。
ニューヨークに亡命したサン=テグジュペリは、言葉も通じない異郷の地で「星の王子様」を書いた。故郷喪失は小説家の創作の大地。

プラモデルも同じ。子供の遊びとして許されていた時間から追われて、模型の箱が積み上がった小さな部屋の片隅で世界を縮小しつづける。台所のペッパーソルトはニューヨークの摩天楼。


1944年7月31日、自由フランス軍に参加したサン=テグジュペリは偵察飛行中に行方不明になる。
その時の機体はP-38(F-5B)。高高度からの写真撮影が任務であったが、地中海でドイツ軍機に撃墜される。理由は不明であるが、飛行ルートに妻コンスエロと結婚式を挙げた教会があったので、もう一度見るため高度を下げた、という説もある。

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キーボードの上の1/72のコードロン・シムーン。ウェザリングはしていない。飛び立つ前の機体であればピカピカに磨き上げられたたはずだし、砂漠に不時着した時であれば埃まみれの傷だらけのはず。時間を止めると飛行機は空を飛べない。

それ以上にプラモデルが(日常に)着陸できる場所は必要だし、サン=テグジュペリの言葉の世界を飛ぶなら、1/72スケールの重量感を表現するウェザリングが、物語とは違う重力を生んでしまうのを避けるため。

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