見出し画像

ウォーカー・エヴァンスの 「Decorated Sheds」

ウォーカー・エヴァンスが撮ったアメリカらしい写真は何かと聞かれれば、全てがアメリカと言うしかないけど、個人的にはこの写真だと思っている。農業安定局(FSA)のカメラマンとして南部を回っていた時の一枚。アラバマの田舎町スプロットの郵便局の建物を撮った写真だ。郵便局と言っても雑貨屋との兼業。人口の少ない村では郵便配達よりも生活必需品の販売で店の主人は生計を立てていたのだろう。ガソリンスタンドとコカコーラの看板がその全てを物語ってる。

日本でも個人商店のような郵便局が存在する。特定郵便局という扱いで全国に郵便網を整備するのに地方の有力者の協力を必要とした時代の名残だ。

”Crossroads Store, Sprott, Alabama.” 1936 Walker Evans

ウォーカー・エヴァンスのこの写真が面白いのは、原野に一軒の家ができてやがてその周りに街ができて賑わって….という開拓者が夢みた未来が終わってしまった後の風景を切り取っているところにある。


Old Tucson Studios Tucson Estates Arizona

これは映画『シルバラード』のセットであるが、アメリカ西部の典型的な開拓村のイメージを再現している。馬を繋いで雨を凌げるポーチのスタイル。庇の上には店の看板を掲げて商店が連続してアーケードが出来上がっていく。西部劇でよく登場するスタイルだ。

ウォーカー・エバンスが撮った郵便局もこのスタイルを踏襲している。カバードポーチと家形の看板。実際は平家の小さな小屋なのに通りに面して構えを大きく見せるように「看板」だけ2階建てにしている。なるほど、その両側に同じような商店が立ち並んだら通りの中で家型のシルエットは街に出ればいつも立ち寄る「HOME」としてひときわシンボリックに見えたかもしれない。

しかし街はできなかった。交差点の角に建ててしまったから物理的にも家を連続して建てることはできない。大恐慌に見舞われた30年代のアメリカの片田舎の村だ。思ったように人は集まらなかったのだろう。


Denise Scott Brown ”Architettura Minore on the Las Vegas Strip, Las Vegas, 1966”

”Decorated Sheds”とはロバート・ヴェンチュリが70年代にロードサイドアーキテクチャーを観察して導き出した建築のスタイルだ。建築の本質は表層にある。車を飛ばして一瞬で通り過ぎてしまう旅行者の目をつなぎ止めるためにロードサイドに立ち並ぶ商店は実際以上に大きなシルエットの外観をまとった。しかも道路側だけを飾り立てる。

虚構と言ってしまえばそれまでだが、そもそもが看板こそが建築の本質だった。


Google Street View

ウォーカー・エヴァンスが撮った郵便局の建物は今も残っている。しかし郵便局は1993年に閉鎖。ハリケーンで建物が損傷して正面の2階部分は撤去されてしまって、看板の後ろに隠れていた平家の本体だけが残っている。

開拓者たちは去り、寂れたロードサイドに取り残された小さな家。
家型にDecorateされた郵便局の看板が消えて何者でもないのSheds(小屋)になってしまった。

Intersection of 14 & AL-183 Marion AL 36756 U.S.A

(2023/8/1 Postに掲載)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?