【1時間で分かる】スポーツクラブにおけるスポンサーセールスの教科書
はじめに
2020年8月末でJ2所属FC琉球の運営会社である琉球フットボールクラブ株式会社を退職しました。いわゆる「サカつく」というゲームでお馴染みのように、サッカークラブに経営(マネジメント)の立場で関わってきました。しかしゲームのように待っていれば先方からスポンサー契約の話が来るなんて、甘い世界ではありません。
僕はこのNOTEでスポーツクラブにおけるスポンサーセールスの思考方法を教科書のようにまとめようと思います。Jリーグだけでも日本全国に56クラブ存在しますが、敵として戦うのはピッチにおける90分間だけだと考えています。それ以外の時間は日本のサッカーを発展させる、サッカーを通して地域を盛り上げる仲間です。少しでも多くのクラブ関係者、特にセールスで悩んでいる方に届けば嬉しいです。
2018年11月にゴールドマンサックス証券から、J3を優勝し、J2初年度に挑むFC琉球に転職しました。多くのチャレンジングな時間を仲間と共に文字通り汗をかきながら、駆けずり回った時間は、「現場」に赴き、「現物」を確認して、「現実」を知る。まさにそんな濃い時間を過ごすことになりました。
このNOTEでは、ゴールドマンサックスで数百億円の取引を毎日のように営業していた自分が、スポーツクラブにきてから、5万円のスポンサー契約を獲得するのに悩み苦しんでいたころを思い描いて書いています。
いわゆる体系だった大企業では、社員研修を経て、それなりの社員教育をすれば、それなりの人材が育っていきます。金太郎あめのような似たような人材が増えてしまうという側面はあれど、スポーツクラブはまだまだ教育面での研修が整っておらず、属人的になってしまう傾向が強いと感じています。営業に配属されたものの、どうすればいいのか、すらわからない。からのスタートになってしまうのではないかと思っています。
このNOTEを読めば、スポーツクラブにおけるスポンサーセールスの思考方法を理解していただけると思います。営業には気合も必要ですが、気合だけではなく、成功体験を蓄積していって体系化していかないと属人化していき、担当者がいなくなるたびに全てがゼロに戻ってしまいます。
そして好きなスポーツだから、給料は安くても、長時間働いても問題ないという意味では、パンチドランカーのような状態で働いているフロントスタッフの待遇改善につながっていければと思っています。情熱の搾取が、この業界で起きていては夢の仕事になりません。いつしか子供たちの目指す夢の仕事に、スポーツ選手だけではなく、スポーツクラブで働くフロントスタッフがノミネートする日を夢見ています。
それでは始めます。
▼目次
1. スポーツクラブの収益構造を学ぶ
2. 自分のクラブについて、一番語れますか?
3. 他クラブは関係ない。クラブのお客様は誰なんだ?
4. ニーズを作る
5. 営業とは?
6. スポーツ業界は変わっていく。
1. スポーツクラブの収益構造を学ぶ
Jリーグの場合で言うと、収益項目は基本的に6項目に区分しています。広告料収入、入場料収入、物販収入、リーグ配分金、アカデミー関連収入、その他収入(移籍金など)とありますが、クラブのフロントスタッフが従事しているのは基本的に広告料収入、入場料収入、物販収入の3項目です。これをいかに増やしていくのかというのが、フロントスタッフの仕事になります。
ただ売上のうちJ1では44%、J2では56%、J3では54%と大半が広告料収入で占められていることがわかります。つまりクラブの規模を拡大するためにはここを拡大していくことが必要になっていきます。そしてスポンサーセールスの役割は、1円でも多く稼ぐことが最大のミッションです。チケット担当の役割は1人でも多くの人にスタジアムに来てもらうことがミッションです。非常にわかりやすいですね。
そして広告料収入とありますが、払う企業側の構造も少しずつ変わってきています。以前は広告の主流であった4媒体広告(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ)の広告業活動指数が低下傾向で推移していることから、近年のITの進歩により、4媒体広告などのマスメディア広告から、インターネット広告などへ広告媒体の主流が移行していることも想定されます。またマーケット環境もコロナ禍のインパクトをもろに受ける形で、広告宣伝費としての支出を制限する傾向が想定されていきます。
つまり放っておけば、広告の「費用対効果」にも厳しい目を向けられるようになり、実際に効果の検証ではなく、効果を説明しやすい媒体への資金流入が予想されます。つまりインターネット広告によるアクセス数の増加など定量的に説明しやすいものへの移行が加速度を増します。この時、サラリーマンは実際の効果を見るのではなく、説明しやすいかどうかを選択することでしょう。お財布事情の厳しい環境では、その選択に対して常に説明責任が求められ、冒険を容認しない空気が流れるものです。
このようなマーケット環境下では、スポンサーセールスの役目は「企業の担当者に会社を納得させる説明」を用意することになります。今までのようにマスメディア広告としての役割でのアプローチは容易ではなく、看板を出してもらえれば、スタジアムに来られる多くの方に見てもらえますよ!どうですか?看板に掲載しませんか?という言葉で、お金を協賛してくれる人は、絶対にいません。
ここからステップを踏んで、どういうアプローチが効果的かをお伝えします。
2. 自分のクラブについて、一番語れますか?
まずセールスマンが、クラブの存在意義について一点の曇りもなく、明確に伝えることができるかどうか。これはとても重要です。まず根っことして、理解するべきなのは、 “商品”や”広告” を売るのではなく、“クラブの「理念」への強い共感” を売っています。
地域があって、そこに住む人がいて、ファンサポーターがいて、そしてクラブがあって、選手がいる。つまり地域があって、クラブがあるということです。そしてこれは証券会社での営業していたことと全く異なっていたと後に気づくのですが、クラブへのスポンサードは、残念ながら企業様・団体様の利益に直接貢献するものではありません。つまり共闘してくれるパートナー探しに意味合いは近いと思います。
だからこそ、クラブの目指す世界観であったり、目指す矢印は、理念という表現でセールスマンが語れないと相手には伝わりません。
ここで一つ有名ですが、僕の好きなゴールデンサークルという考え方について紹介させていただきます。TEDでも紹介されているので、一度動画も見てみてください。
■ゴールデンサークル理論
このゴールデンサークル理論は、「why・how・whatの3つの円で構成されていて、物事の本質を説明するためのフレーム」です。結論からいうと、「人は、何を(what)ではなく、なぜ(why)に心を動かされる」ということがこのフレームの全てを表しています。
ここでは、Appleやキング牧師、ライト兄弟が成功したのか、この動画ではその共通点が紹介されています。
どんな人でも、自分が「what:何を」しているのかは理解しています。そしてある程度までは「how:どうやって」やるのかまでは理解しています。しかし「why:なぜ」やるのかを理解している人は少ないということです。
もう一度、今度は英語で、
People don’t buy what you do; they buy why you do it.
(人は「何を」ではなく「なぜ」に動かされるのです。)
なぜAppleがパソコンメーカーであるはずなのに、あれほどの成功を収めたのか?ちなみに僕はアップルウォッチとiphoneを使っています。それは彼らの信念によるところが大きいのです。
Think differentという言葉をご存知ですか?
■Think different
これはクラブにおける理念そのものです。Jリーグはシャレン!と位置づけ、ホームタウン活動を通して様々な活動を行ってきました。全国のJクラブは、地域との接点である年間25,000回を超えるホームタウン活動を行っているそうです。各クラブ担当者にどんな活動をしたのか?聞いたら、おそらくスラスラ答えが返ってくると思います。でもなんでやっているのか?聞かれたときに、力強く答えることができるでしょうか。
だからこそ、そのクラブがその地域に存在する意義が必要なのです。この章で最初にお伝えした、“商品”や”広告” を売るのではなく、“クラブの「理念」への強い共感” を売っているとはこれを指します。何をしているのかということは大して重要ではありません。なんでやっているのか。これに人の心は動くのです。
僕の経験を少しお話しします。正直言うと、僕は沖縄に来る前、FC琉球で働く前は、「何をするのか?」ということばかりに思考を巡らせていました。沖縄なので、泡盛を全国の人に楽しんでいただけるようにクラブが広告塔になってPRさせてもらいたいとか、沖縄の伝統的農産物を使ったお弁当を開発しようとか。決してアイディア自体が悪いわけではありません(自分で言うものなんですが)ただ誰の心も驚くほど動きませんでした。
いいアイディアなのに、なんで誰も反応してくれないんだろう。とにかく何ができるのか。練りに練って、何個も何個もアイディアを考え続けていました。今になってすごく思います。「何をするのか?」というのに必死になりすぎて、「なんでやるのか?」ということを疎かにしていました。ちなみに、利益を上げるために、売上を伸ばすためにというのは、あくまで結果です。これが決してwhyではありません。
だからこそ、スポンサーセールスで最も大事にしなければならないのは、クラブとしての存在意義。つまり理念です。
僕が一番痛感しています。だからこそ、僕が少しだけ危惧しているのはリーグ主催のイベントにおいての他クラブ事例の紹介です。他クラブの事例が「what:なにを?」の点において、特徴的で真新しいのはすごくよくわかります。でも本当に大切なのは、クラブの理念からみて、どうその事例が選択されたのかというプロセスです。つまり他クラブの事例を外で真似しても、全く意味がないのです。
僕の考えるクラブ理念は、スポーツクラブを超えて地域のシンボルになるためのものです。つまり目指すべき相手はスポーツクラブではないのです。沖縄の場合でいうと、オリオンビール、ブルーシールアイスそして首里城のように地域に愛され、誇れるものということになります。
ここでまた僕の経験談をご紹介します。
詳しいことを聞いたわけではないので、本当のところはわかりませんが、僕が痛烈に感じたことです。2019シーズン代表としてJ2のアウェイゲームに全部帯同してみて、色々なクラブの雰囲気を間近でみて、肌で感じました。僕は行く先々でこの話をしてまわっていますが、レノファ山口はこの点において、秀逸でした。首里城の火災があって、すぐの試合だったということもありますが、ユニフォームパートナー企業の有志の皆様から義援金をいただきました。
そしてここからが本番ですが、対戦相手の代表である僕を案内してくれたのは、そのユニフォームパートナー企業の皆様でした。もちろんレノファ山口のスタッフの方も親切に案内してくれたのですが、いわゆるスポンサー企業の方がクラブについて話をしてくれて、スタジアムを案内してくれたことに驚きました。
一般的にスポンサー企業の方はお金をクラブに払っている側の立場なので、クラブに何かをしてもらうことを期待している場合が多いです。しかしレノファ山口で僕が経験したのは、スポンサー企業として踏ん反り返っている姿ではなく、パートナーとしてクラブと共に同じ方向を向いて歩んでいる姿でした。これこそがクラブと企業のあるべき姿であると本当に感動したのを覚えています。そこから考えがより洗練されていったのを今でも忘れません。
これはクラブの目指す矢印と企業の矢印が強く合致しているからであり、目指す理念や世界観がうまく共有されているからだと思っています。
しつこいですが、この章を締めくくる前にもう一度言います。
スポーツクラブにおけるスポンサーセールスは、“商品”や”広告” を売るのではなく、“クラブの「理念」への強い共感” を売っています。
3. 他クラブは関係ない。クラブのお客様は誰なんだ?
これは先ほどの章でも少し述べたことに似た部分はありますが、クラブのお客様はいったい誰なのか?ということを考える章です。出資してくれている株主でしょうか。お金を協賛してくれているパートナー企業でしょうか。答えは地域とファンサポーターの皆様です。まずはその徹底的な追求からしなければなりません。
見つめるべきものはとてもシンプルで、「お客様はどう思っているの?沖縄県民は喜ぶの?ということ」だけです。そうなってくるとJリーグだけでも日本全国に56クラブ存在しますが、敵として戦うのはピッチにおける90分間だけで、それ以外の時間は日本のサッカーを発展させる、サッカーを通して地域を盛り上げる仲間になるのです。
スポーツクラブに競合他社はいないとさえ思っています。「ファンサポーターのために何か新しいサービスは作れないだろうか?」「クラブ独自のやり方はないか?」「どうすればよりファンサポーターを満足させられるだろう?」といったことを突き詰めていくのです。
言うは易く行うは難し。はこの部分にあると思っています。これは、「現場」に赴き、「現物」を確認して、「現実」を知る。から始まります。会議室でブレインストーミングして出すものではないのです。ファンサポーターとの徹底的な会話の中で発見されなければなりません。しかし注意しなければならないこともたくさんあります。
誤解を恐れずに言うと、ファンサポーター特にコアであればコアであるほど、クラブへの共感よりも競技寄りになっていく傾向があるということです。つまり勝敗に対しての感情の比重が強く、勝てば喜び、負ければ怒るというシンプルな感情で動いています。「強いチームを作ること」や「優勝して結果を出すこと」はもちろん大事ですが、シーズンが始まってしまえばフロントスタッフにできることは応援くらいしかありません。
自分たちのファンサポーターを理解するためには、街におりていくことが必要です。街を歩いていれば情報は耳に入ってきます。ドラクエのように聞こえますが、本当にそう思います。その地域にどれだけの友達がいるのか。会議室でブレインストーミングして出すものに真理はありません。
この話は少しスポンサーセールスとはまたズレてきますが、僕はファンサポーターの皆様は、存在としては企業と同じく同じベクトル(理念)を目指す仲間であるという認識が強いです。なので、負けが込んでいるときに叩かれるのを恐れて、発信を躊躇することすら、必要ないと考えています。
お客様というより、大切にしあう価値を共有し、喜び合う仲間であり、必要以上にへりくだる存在ではないのです。
4. ニーズを作る
自分のクラブのこと、クラブの大切にしなければいけないファンサポーターの存在を理解したところで、いよいよ本題のスポンサーセールスについて入っていきます。
再度確認ですが、スポンサークラブへのスポンサードは、残念ながら企業様・団体様の利益に直接貢献するものではありません。という認識を大前提で持たないといけないと思っています。スポーツクラブに所属していると、特にその競技出身の人の場合、クラブの価値を絶対的な価値だと誤認している場合があります。
何もしなければ、企業にとって恩現時点でのニーズははっきりいってゼロです。ここでありがちなのが、「できること」の強要です。僕自身痛い経験でもありますが、全く刺さりません。これは先ほど説明したとおりですね。クラブの理念を強く語り、企業の方の心が少し揺らいだところで、ここからの話はより具体的に、どうやって、何をやるのかという話に卸していきます。
ウルフオブウォールストリートを見たことがある方はいますか。
ちなみに僕はゴールドマンサックスにいましたが、全くこのような華やかな世界ではありませんでした(笑) ジャンク証券販売専門の新会社を設立した敏腕セールスマンの主人公ジョーダンが、セールスの極意を教えるために社員にした質問が「このペンをおれ売ってみろ」でした。
ペン自体は何の変哲もない、その時ジョーダンが偶然持っていたものです。突然聞かれた社員は戸惑いながらも、「このペンは書き味が優れていて・・・」「このペンは見た目がカッコよくて・・・」と、ペンの特徴を必死に説明して売ろうとします。でも全く響かない。一方で、ジョーダンが一人の麻薬売人にお手本を見せるためにペンを渡します。すると、「このナプキンに名前を書いてくれ」と麻薬売人。「でも書くものが無い」とジョーダンが返したところですかさずペンを渡す、そして「交渉成立だな」とニヤリ笑う。
これはかなり極端な例ではありますが、ニーズを作り出し、どうやってスポンサードを得るのかというヒントになります。では、具体的に企業にとってのニーズは何があるのでしょうか。考えてみましょう。
広告の「費用対効果」にも厳しい目を向けられるようになり、実際に効果の検証ではなく、効果を説明しやすい媒体への資金流入が予想されます。つまりインターネット広告によるアクセス数の増加など定量的に説明しやすいものへの移行が加速度を増します。
極論、企業の広告宣伝費ではなく、ある種の事業費を取りに行こうということに近い気がします。事実として、マスメディア広告は通用しなくなってきています。従来のような広告料=露出のみというスタイルから、よりアクティベーションに移行していく。その上で項目として考えられるのが、以下の4つになります。
■社会貢献
■リアル接点
■収益向上
■従業員満足度
それぞれ順を追って説明していきます。
■社会貢献
CSRという言葉をご存知でしょうか。「corporate social responsibility(企業の社会的責任)」といい、これの頭文字をとって「CSR」と呼びます。企業が組織活動を行うにあたって担う社会的責任のことで、社会的責任とは、従業員や消費者、投資者、環境などへの配慮から社会貢献までの幅広い内容に対して適切な意思決定を行う責任のことです。
もう一ついうと、ESG投資という言葉をご存知でしょうか。ESG投資とは、環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行なう投資のことです。 ESG評価の高い企業は事業の社会的意義、成長の持続性など優れた企業特性を持つと言えます。
言葉を極端に言えば、こういった企業が社会的責任を果たすという活動は今、企業間においてブームになっており、こういった活動をすることの必要性は高まっています。
浦和レッズの行っている活動は、まさにクラブとしての社会貢献活動の典型的な事例といえます。浦和レッズはSFPの取り組みとして、草の根国際交流活動である『ハートフルサッカーinアジア』や『東日本大震災等支援プロジェクト』、『安全なスタジアムづくり』などを行っているそうです。
■リアル接点
これは比較的これまでのマスメディアへの露出に近い部分とも考えられますが、クラブ観戦層や興味のある層に対しての直接的な働きかけが可能となります。
例えば、Jリーグ スタジアム観戦者調査2019 サマリーレポートによると、観戦者の平均年齢は42.8歳で、男性の割合は62.4%。クラブの活動区域内に居住する割合は86.3%、自由に使えるお小遣いの平均は、1ヶ月あたり36,100円ということが調査の結果わかっています。
Jリーグ スタジアム観戦者調査2019 サマリーレポート
平均年齢や性別などの属性をもとにクラブの持つファンサポーターという顧客をもとに「なにができるか?」を検討することも可能になる。
例えば、FC琉球の場合はスタジアムの平均年齢が最も若いというデータが出ている。これの要因は圧倒的な子供たちの数に起因している。そして子供が多いということは、必ず保護者が同伴でスタジアムに来ているということが想定される。
夏場の試合では、夕方の試合でも日差しはまだ残っている。狂ったように公園やスタジアムを走り回る子供たちはいったん置いといて、保護者へのケアが必要となってくる状況。とある企業とのタイアップを計画する際に、ダイレクトにこの層へのアプローチを検討すると、日焼け止めクリームのサンプリングなどがマッチするかもしれない。
自分たちの顧客を把握することができれば、こういったリアル接点をもつことの強みを発揮することができる。スタジアムには実際に多くの方が足を運んでくれるのだから。
■収益向上
これはダイレクトかつシンプルに収益向上の場を提供するということです。コラボ商品なんかはまさに典型的な素材となります。また会場やスポンサー店舗で使えるポイントサービスなどを提供することによって、実店舗への送客も期待できます。
ただこれについては具体的な数字が絶対に必要になってきます。スポーツクラブの提供する価値に対して、徹底的に見直さなければいけないところはここにあると思っています。
送客ができる。コラボしたら売上があがる。といった言葉に逃げずに、その数を提供し、協賛金が妥当であるかの検証を行う。それによって次年度の協賛金をあげるのか、下げるのかを合理的に判断する。この作業が絶対的に必要になります。コラボ缶が1本200円で、1万本うれたら、売り上げは200万円です。その分の利益の何%をシェアする。こういう歩合制での協賛も十分に検討に値すると思います。
■従業員満足度
最後はこれです。新規採用を含めて、従業員が定着することが企業として成功する秘訣でもあります。そして今どきの若者はヒーロー世代とよばれ、富を追求する生き方ではなく、ココロとカラダの健康を求め、より心豊かに生きることを追求する生き方を選ぶ世代です。企業がとんでもない利益をあげ、ボーナスがいっぱい出るということが刺さるわけではありません。
会社のイベントに選手が来てくれたり、従業員の子供たちに向けたイベントが特別にスタジアム招待だったりすると喜んでいただけます。家族が自分の働いている会社を誇りに思ってくれるほど、従業員として嬉しいことはありません。
もちろん以上4点だけがスポーツの価値を体現したアクティベーションではありません。できること・考えられる角度は無限にあるのです。ただ冒頭に述べているように、主語は企業です。企業側にとってのニーズを作らなければ全ては始まりません。
5. 営業とは?
そして最後の章は、そもそも根本的にセールスマンとしてどんな存在であるべきかについて話をしてみます。相手は企業とは言え、意思決定するのは最終的に人間です。その人の心を鷲掴みにすることができれば、話は一気に進みます。注意するべき点は、セールスマンが、クラブの代表として企業と接していることを忘れてはいけません。
意識してほしいことは、量×質×アイディアです。量からしか質は生まれない。というように量をこなさないと頭でっかちになりがちで、次の一手を打つ腰が重くなってしまうということはスポンサーセールス以外の局面でも多いことだと思います。ここからは実際のステップと共に、この量×質×アイディアの3点について説明します。
段階としては、以下3ステップです。
■営業に行く前
■営業活動
■会食
■提案
■営業後のフォローアップ
■営業に行く前
徹底的なリサーチというのが勝負を分けます。ただまずは自分を知ることからはじめましょう。自分はいったい何者なんだ。クラブがあって、自分がいる。先ほどからしつこくいってきましたが、セールスマンは、商品”や”広告” を売るのではなく、“クラブの「理念」への強い共感” を売っている。ということはこの理念に対して、自分なりにどういう解釈をしているのかを、自分の言葉で説明する必要があります。借り物の言葉で、人の心は動きません。偉人の言葉に重みがあるのは、偉人が言っているからです。
いい機会だと思います。自分がなぜこのクラブにいるのか?追求して考えてみるのもいいかもしれません。なんとなくそこにいるのか、描いている世界観を体現するためにいるのか、その目の色・迫力は必ず相手に伝わります。本物だけがお客様を惹きつけます。偽物は必ず見抜かれる。これは世の常です。
本題に入ります。まず意思決定者を見極めます。僕が怠っていたのは、このプロセスでした。証券会社時代の営業はすでに運用のニーズがあるお客様。会社として資産を運用することがすでに決まっているお客様を相手に営業をしていました。それと全くニーズがゼロの状態の企業を相手に営業するのでは、アプローチが全く違います。スポーツクラブにスポンサードした経験がなければ、ないだけその判断・意思決定は経営者に近い立場の人間になっていきます。つまりこの意思決定者に、共感してもらえない限り、営業の意味はありません。
事前のリサーチでは、意思決定者はいったい誰なのか?これに注力して、リサーチしていきます。しかしこれこそ外からみてわかるほど甘いものではありません。頼るべきはすでにクラブにスポンサーしてくれている企業の皆様です。地域には必ず企業同士のつながり、関係性がすでに存在しています。それをどれだけ俯瞰してみれるかがポイントです。
誰と誰がどういう関係性なのか、同友会などのグループが同じなのか、事前に調べればわかることはけっこうあります。ここを疎かにして、体当たりでいくのも一つの経験だったりしますが、契約が取れたとしても完全に運です。僕は那覇市内のオフィスビルを片っ端からビル攻めと称して、1ビルあたり2時間くらいかけて、しつこく営業したこともありますが、相当効率が悪いことに気づきました。
なので、営業に行く前に準備すること・リサーチすべき材料としては、
・自分の言葉でクラブの世界観を語る
・意思決定者が誰なのか?
・意思決定者の所属するグループ・団体
・訪問企業の直近のニュース
・訪問企業の決算状況(3年分くらい)
・地元紙は毎日読む
訪問企業の売上の目途が立っていなかったら、お金を出したくても出せないということは十二分にありえます。業界の状況も肌感覚として持っておくためにも、地元紙には毎日目を通しておく。直近のニュースが話題に上がる可能性も高いうえ、同じものを見ているということが絶対的に必要だと感じています。
このくらい準備できたら、次はアポイントの取り方です。
代表電話にいきなりかけて、意思決定者と会える可能性は限りなく低く、それこそ運です。先ほどから出てくるすでに仲間になっているスポンサー企業の方からの言葉添えをもらいます。そこから一言先に言っておいてもらえると、アポは簡単にとることができます。知り合いの頼みは無下にできないというのが心情だと思います。しかしそこからはセールスマンの責任であるということを忘れてはいけません。紹介してくれた方の顔に泥を塗るわけにはいきません。
また紹介者がいない場合は、コミュニティを探します。スポーツクラブの場合、多くのイベントに参加する機会が多くあります。例えば異業種交流会やスポンサー企業の周年イベントなど多くの方が集まる場を活用します。そういう場には臆せず、積極的に顔を出します。よく見ていると、誰と誰が仲良く話をしているなどもわかるようになってきます。
どういう接点から、実際に新規企業の方に出会えるかどうかに正解はありません。紹介していただくケースもあれば、大勢の方が出会う場でお会いできることもあります。冒頭に述べた量×質×アイディアにおいて考えると、圧倒的な量を積む局面だと思います。何がつながるかわかりません。僕の場合、とある方とゴルフをしていたら、前のラウンドにその社長がいて、いいタイミングで話ができたということもあります。もう一度いいますが、何がきっかけにつながるかわかりません。とにかく量を意識しましょう。
さて、営業活動編に移ります。
■営業活動
これはシンプルです。結論、「聞くことに徹する」です。相手にはスポンサーのニーズはほぼ皆無なので、相手を知ることに努めます。そもそもスポーツクラブの営業が来た時点で、お客様はお金の無心に来ているという警戒心を持っています。さらにそのセールストークが自社の利益に直接的に貢献しなさそうだと何となくわかっているので、まずはその警戒心を解く必要があります。もちろん資料は入念に準備して用意しておきます。しかしさやに入れたままにしておきましょう。自ら抜いてはいけません。
そして、再び基本に立ち返ります。
スポーツクラブにおけるスポンサーセールスは、“商品”や”広告” を売るのではなく、“クラブの「理念」への強い共感” を売っています。
次に何を聞けばいいのか、ということをまとめてみます。しかしこれも質問攻めにするのではなく、会話の流れの中から引き出すことが必要になってきます。しかもメモを取っている暇さえ惜しんで必死に記憶するのです。ただ暗記するだけではなく、会話の流れと共に頭に焼き付ければいいので、そこまで難しいことはありません。
聞いておきたい項目は以下の通りです。
・大体の住所
・家族構成
・出身校
・趣味
・職歴
・親しい人
・所属団体(JC、YEG、ロータリー、ライオンズなど)
・休日にしていること
・会社における新規事業
・会社の悩み
正直、クリティカルにこれを聞けば100%契約が決まるとは思っていません。しかし自分のことを深く勉強してきたうえで、知ろうとしてくる人間を拒む人はそうそういません。そして一番聞きたいのは、会社がどう事業展開していくのか、会社における悩み。この2点です。これを引き出すために様々な項目を用意した部分もあります。
そしてさらに重要なポイントは、初訪問ではお金の話は一切しないということです。相手はお金を無心しにきたとわかっているので、敢えてしないことが逆に印象付ける要因になります。お金の話は本当に出すタイミングが大切です。
次にポイントになるのは、社長しか知らないという状況ではなく、その会社で働く色々な立場の方を味方に巻き込むということです。その会社に何度も足を運んでいれば秘書の方や受付の方も自分の顔を覚えてくれるようになります。最初は毎度名刺を出さないと認識してもらえなかったところから、来た途端にアポを取り次いでくれるまでになります。とにかく笑顔で、挨拶。これが最強の必殺技です。
秘書の方、担当者、その上司、社長。このあたりと徹底的にコミュニケーションをとっていくと、社長の趣味や会社によくいる時間帯など色々なことを教えてくれるようになります。ここも量×質×アイディアでいうと、量になります。ポスターを持っていく、チラシを持っていく、要件は何でもいいです。とにかく会社に顔を出します。そしていやらしいですが、自分が来たという余韻だけは少し残して帰ります。例えば、受付の方に社長へのメッセージを伝えてもらったり、何でもいいです。実際に伝えてくれるかわかりませんが、とにかく量をこなします。
■会食
では、続いて会食に移ります。基本的に社長もしくは意思決定者は会食にいく権限を持っています。そしてけっこう簡単に誘ってくれます。「いつもどこに飲み行ってるんですか?」とか「おススメのお店ありますか?」と聞いてみると、その話題になり、連れていってもらえるように誘導していきます。これは若ければ若いほど有利な手法といえます。このタイミングで個別の連絡先をゲットできればベストです。
ただ注意しないといけないこともあります。一気に仲良くなれるチャンスですが、一気に評判を落とすこともありえます。ただ守らなければいけないのは、最低限のマナーだけで十分です。友人との飲み会ではないことを念頭にしていれば、その人の生きざまを教えてもらえます。
僕は証券会社時代も多くの会食を重ねてきましたが、正直つまらない会が95%を占めていました。会社に対する愚痴や世の中に対しての文句に、ヘラヘラ相槌を打っていました。僕が話していたのは、よくて部長クラスで役員クラスに会えるチャンス何てほとんどありませんでした。しかしこのタイミングでいう意思決定者は基本的には社長です。多くの従業員たちの生活を背負って、会社を動かしいてる人です。こういう人たちの話は面白い。
自分の人生をかけて、挑戦しているから、つまらない愚痴が出てくることもほとんどありません。だからこそ、飲み会が苦手という方も積極的に言ってみるといいと思います。ちなみに僕は飲み会が得意ではありませんし、お酒も強くありません。でも連れていってもらえて本当によかったと感じています。
ここでも基本的には、お金の話は一切しません。しかし、いよいよ自分の話、クラブの話をするチャンスです。どういう思いでクラブで働いているのか。クラブにはどういう思いがあるのか。思い出してください。
スポーツクラブにおけるスポンサーセールスは、“商品”や”広告” を売るのではなく、“クラブの「理念」への強い共感” を売っています。
自分が今何をやっているか?は大して重要ではありません。でもなんでやっているのか?はとても重要です。そこを念頭に置きながら伝えましょう。
People don’t buy what you do; they buy why you do it.
(人は「何を」ではなく「なぜ」に動かされるのです。)
自分なりの言葉で伝えることが大事です。誠意は必ず伝わります。その上で社長から引き出したい言葉は、「一緒にどんなことができるかな?」というものです。これに近いものを引き出せたら、ようやく提案できる舞台にあがります。冒頭に述べたように、企業様・団体様の利益に直接貢献するものではないので、緊急性はお客様にとっては全くありません。緊急性があるのは、シーズンが始まる前に契約したい!とかクラブ側に理由があります。それを新規のお客様に理解していただくには時期尚早です。とにかく焦ったり、下心が見えてしまった段階で全ての話は終わります。
量×質×アイディアでいうところの質です。話す内容については事前にどれだけ準備できるが大事です。そしてお客様が話す内容に全くついていけないのでは、同じフィールドに立つことさえできないです。新聞を読んだり、情報収集を欠かさずに行います。
■提案
いよいよ提案です。はっきりいってここまでくるまでに、ほぼ勝負は決まっているといっても過言ではありません。提案はお願いするというより、同じ世界観を共有する仲間として、パートナーシップを結びませんか?というニュアンスに近いものがあります。そのためプレゼンの順番としては、
・クラブの存在意義
・クラブのこれまでの歩み
・クラブと既存スポンサー取組み紹介
・お客様の会社について(社長の言葉を基に)
・同じ世界観を共有する仲間
・パートナーシップの先に狙える効果(前章参考)
・具体的なアクティベーション提案
・広告露出・金額
ここまで来ると、完全にアイディア勝負になります。量をこなし、質を追求して、ようやくこのフィールドに立てた。その先は自分のアイディアを徹底的に生かす場になります。
クラブと企業が共に「地域を元気づける」パートナーシップを結ぶという大きな矢印を共有したところで、具体的に「何ができるか?」という提案に移っていきます。日本人の一番苦手なところだと僕は思っています。僕の前職時代に在籍していた証券会社は業界的にコンプライアンスが厳しく、商品一つ生み出すのに多くの制限が課されています。一方でスポークラブの商品にはこれといって制限があるわけではなく、アイディアの数だけ自由に、しかも瞬間的に商品を設計することができます。
例えば、スタジアム場外に出店しているスタグルを展開している場所にネーミングライツをつけることも、スタジアムに最も近い駐車場にネーミングライツをつけることも自由に設計することができるのです。スタジアム看板を売らなければいけないということではありません。全てはアイディアです。
これまでの営業訪問活動や会食にて、リサーチしてきた会社の悩みやこれからの展開に少しでも貢献できるようなアプローチを提案していくのです。クラブが今までやってきたことしか、できないことなんてありえません。何でもやろうと思えばできます。
例えば、全国展開している企業が、ローカルに店舗を出すことを計画しているとします。その社長の悩みが、「全国展開しているから名前は知られている。でも新規展開をするので、従業員が定着するかどうかが心配。」こういうことを事前に聞けていたら、こちらから提案するのはスタジアム看板ではありません。従業員となる方々の子供たちが喜ぶようなイベント、つまりスタジアムに選手たちと手をつないで一緒に入場する権利だったり、その会社で働く社員限定で選手と交流するイベントを開催するなどの提案が考えられます。
これらは正直、自分から思いつくものではありません。どれだけお客様と真摯に向き合い、本音の言葉を引き出せるかによります。なので、はっきりいってここまでくるまでに、ほぼ勝負は決まっているといっても過言ではありません。
■営業後のフォローアップ
契約が決まった後こそ、本当の勝負です。契約が決まることはゴールではなく、これから続いていくパートナーシップのスタートです。ですが、「頼むときだけ来て、終わったら音沙汰なし」はスポーツ業界によくみられる悪しき風習です。このフォローアップの仕方は量での勝負より、アイディアです。もちろん継続して訪問するのも大切ですが、新規先にその時間を割く必要があります。ということはより効果的に接点を作ることを考えるのです。
試合の度に、広報が作る試合結果を送るのではなく、自分なりの感想を加えたり、選手について自分なりのコメントをお客様に送ったり。僕は週に一回くらいの頻度で名刺交換させていただいた方に、メールで今の自分の考えや気になったことなど送付していて、接点を絶やさないことを意識していました。
試合に来てもらって、スタジアムを案内してもいいですし、近くを通ったら必ず顔を出すとか、方法はいくらでもあります。
6. スポーツ業界は変わっていく。
ここまで長く書いてきましたが、最後に僕がスポーツ界に対して感じていることを書いて、締めたいと思います。
それはフロントスタッフの待遇があまりにも悪すぎるという現状です。そして待遇を甘んじて受け入れる人が大半だという事実です。「好きな仕事をできているから。」これ自体は素晴らしいことです。しかし、スポーツ界にはそれに付随してくる言葉があります。「給料が安くてもいい」「休日がなくてもいい」という言葉です。
好きな仕事ができているから、休日もなく、給料が低い。こんなことはそもそもまかり通っていい話ではありません。同じ業界に1億円もらっている選手もいる。では、1億円もらっているフロントスタッフがいるでしょうか。確信を持って言えます。絶対にいません。
しかし、ただ要求しても実力が伴っていなければ、それこそただのアホです。そのために必要なことは実力をつけることです。この業界で通用する実力が必要なのは、選手だけではなく、フロントスタッフも同じです。
誰にも自分の仕事が共有されず、自分しかその仕事を把握していなくて、自分がいないと組織が回らないという状況は属人的で怠慢です。しかもその人の実力がそのままクラブのレベルになってしまうので、大した成果を生み出せない。今のスポーツクラブの現状はこれに起因しています。
そのため、今回のこの長編のNOTEを通して教科書という形でノウハウが共有できればと思っています。小学校・中学・高校・大学と教科書が用意され、学習して成果を上げてきたのにも関わらず、社会人になると全く教科書のない状態で物事に取り組まないといけない。言われたことを実行することで、クオリティを高め価値を生み出してきた日本人にとっては厳しい環境です。この教科書を通じて、少しでもスポーツ業界の待遇改善につながっていくこと、貢献できることができればと思っています。
サッカーに関わる仕事をドリームジョブにする。2年弱と短い期間ではありましたが、この仕事に関わり、物凄い熱量を感じました。スタジアムが満員になっていく様子やそこに集う雰囲気にはとんでもない迫力がありました。
いつしか子供たちの目指す夢の仕事に、スポーツ選手だけではなく、スポーツクラブで働くフロントスタッフがノミネートする日を夢見ています。
長文にわたり、お付き合いいただきありがとうございました。それでは。どこかでお会いできることを楽しみにしています。
三上昴
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