掌編小説『ビールは初恋の味』
はじめてのビール。
新しい生活に緊張とわくわくで胸はトキメき。
駅から大学までの道のり。
花の香りが私を囲むように舞い、さらり空にのぼっていく。
はじめての街。はじめての人たち。はじめてのキャンパス。はじめてのガイダンス。
はじめては、わたしのこころを踊り、高揚させていく。
街路樹が並ぶ通り、両側に先輩たちがならび、サークルのチラシを配る。
一枚とれば、そのうえに新しいチラシが重なっていく。
色とりどりの飛び交う。
私は
「合唱部」
目がとまり、足をとまる。
懐かしい歌声が風にのり遠くから聞こえてくる。
また、みんなで歌いたい。
私は顔をあげる。
あなたは満面の笑みで、
「興味ありますか?」
私はあなたの笑顔に一瞬、言葉がきえた。
私はあなたをみつめ、
あなたは私にほほえむ。
ふたりの間にうまれるしゃぼん玉のような空間。
「ん?」
あなたはじゃぼん玉をわる。
私はあわてて、首をたてに何度もふる。
あなたは声をだして笑う。
私もつられて笑う。
私は合唱部の新歓コンパにいくことにした。
合唱部、あなたの笑顔に、
引力のように惹き付けられた。
私は華になったようにテーブルの真ん中に案内された。瓶ビールがいくつもテーブルにどんとたっている。
「お酒のめる⁉️」
あなたは私の隣に座り、やさしい。
「よしい、やさしい~!!!したごころあるんじゃないか」
誰かがからかう。
私はなぜか顔が真っ赤になり、うつむく。
「さやかちゃん、かわいいからな」
と私の顔をのぞく。
あなたはさらっと言葉をキャッチして、軽やかに投げる。
「すこしのんでみる?」
あなたは私のこころを察するようにいう。
私はうなづく。
はじめてのビール。
私はグラスをまっすぐさしだす。
あなたは差し出したグラスをやさしくかたぬける。
「そのほうが泡がたつから」
私はあなたが注ぐビールをながめる。
無数の泡はぱちぱちはじけうまれ、のぼっていく。私のこころから弾ける。
私の心臓の音のよう。
指先は心臓の音をきき、小刻みにゆれている。
「グラスをたてにして」
私はあなたの声に耳元も赤くなっていく。
綺麗な雪のような泡がふわふわ。
私の未来の夢がたくさん浮かんでるよう。
「乾杯」
私はまわりのみんながいっせいに飲むのをみる。
で、慌てて、グラスをくちびるにあてる。
ひんやりとくちびるにふれる。
私の体内の熱とふれあう。
舌からのどにおちていく。
に・が・い
「どう?」「はじめてのビール?」
私は頬をひきずり、ほほえむ。
「・・・にがいです」
あなたは笑う。
私も笑う。
あなたは私の初恋の人になった。
あなたとの恋はこのビールの味のように、無数のときめきを感じ、幸せの連続がまいおきた。
でも、ほろ苦い経験として幕をしめた。
それから10年後。
久しぶりにあなたと再会した。
久しぶりの乾杯。
「何のむ⁉️」
「俺は氷点下ビール」
「わたしも」
「さやかもビールのむんだ」
「夏は冷えたビールでしょ」
わたしたちは声をだして笑う。
「さやか、大人になったね」
「はい」
私は元気な声をだす。
「じゃ、久しぶりの再会に乾杯」
「乾杯」
私とあなたは一緒のタイミングでのむ。
喉に涼やかにながれるビールの飲み口。わずかにぱちぱち弾ける泡。
「美味しい」
声がそろう。
「やっぱり、夏は冷えたビールですね」
「だね」
あなたとの久しぶりの再会。
ビールは、ほろ苦さから甘く美味しい時間にかわった。
ビールの味に、
ふたりの会わなかった月日を感じる。
泡のように淡い時間。
今は爽やかな思い出に、ほんのりビールの酔いとともに浸ってみる。
よろしければサポートをお願いします。私の活動の励みになります。頂いたサポートはクリエーターの活動費として使わせていただきます。