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【旅するバースデー♯3】ヴェローナ、恋する戦士とジュリエットレター

映画「ジュリエットからの手紙」を観たのは、もう何年前になるだろうか。スクーリンに映し出されるヴェローナの街並みや、トスカーナ地方の美しいぶどう畑にただただ見惚れ、主演のアマンダ・セイフライドの透明感に半ば―いや、もっとか―嫉妬し、ヴァネッサ・レッドグレイヴの品のある立ち姿にあんな白髪の女性になれたらと心底憧れた。

謎解きなし、大どんでん返しなし、でも見終わると人生っていいなとじんわり思うもの―。疲れたときや何も考えたくないとき、無性に観たくなる類いの映画。わたしにとって「ジュリエットからの手紙」は、そんな映画のひとつだった。

―で、いまわたしはヴェローナにいる、と。

ローマから始まった旅はアッシジでの滞在を終え、イタリア北部の街ヴェローナに来ていた。中心部には古代ローマ時代の競技場が我が物顔で鎮座し、中世から残る石畳の街並みを観光客が行き交う。有名なシェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」の舞台となった街だ。

もうあの悲劇の恋を素敵だと思うほどピュアではなくなってしまったけれど―ロミオ15歳、ジュリエット13歳と知ったら誰だってそうだ―、この街を訪れたのは、映画「ジュリエットからの手紙」が心に残したしあわせな印象と、以前イタリアに長く住んでいた友人の「イタリアは小さな街が雰囲気あっていいよ。その点、ヴェローナもおすすめ」というひと言が、頭の片隅に残っていたからだった。

☆☆☆☆☆

「ヴェローナは小さな街だし、見どころも限られてるから1日で充分まわれますよ。いちばん有名な『ジュリエットの家』も中心部にあるから、迷わないで行けるはずです」とは、ホステルの女性スタッフの弁。朝寝坊してキッチンでヨーグルトを食べていたわたしに、フロントにあった街の地図を拡げて街の中心部への道と主要な観光名所への行きかたを丁寧に教えてくれた。ぜんぶ歩いてまわれる距離らしい。

―まずはエルベ広場まで行って、そこから「ジュリエットの家」を探そうか。

街はずれのホステルから城壁に沿って歩いて15分ほど。古代ローマ時代から市が建っていたというエルベ広場は、現在でも八百屋、果物屋、花屋、チーズや肉、アクセサリーやお土産物を売る露店とそれをひやかす客でたいそう賑わっている。広場を囲む古い建物はたいてい1階がカフェかレストランになっていて、12時を前に既にたくさんのひとが思い思いに食べ、飲み、じりじりと強さを増す太陽の光を、臆することなく浴びていた。


常に陽射しを求めるヨーロッパ人たちの赤く日焼けし始めた肌を横目に、数店あった果物屋の露店のなかから、いちばん感じのよさそうな店でフルーツカップ―透明のプラスチックコップに色とりどりのフルーツが詰められ、すぐ食べられるようになっている―を買って、歩きながらパクつく。イチゴ、パイナップル、キウイ、ドラゴンフルーツ。カラフルなフルーツの果汁が口のなかいっぱいに拡がり、ここまで歩くのに自分がすでに喉がカラカラに渇いていたことに気づく。

そのままぶらぶらとエルベ広場を抜け、せっかく貰った地図も見ず、何となくあてずっぽうに街を歩き始めた。本屋があれば本屋に入り、ワイン屋があればのぞき、日本にはないスタイルの洋服屋―それは大抵、体にぴったり沿ったラインとカラフルな色づかいのドレス―があればショーウィンドウを冷やかし、左右をきょろきょろ見ながら歩いていたそのとき、

“THE JULIET CLUB” (ジュリエットクラブ)

石畳の通りの左手、古いガレージのようなスペースの奥。左右の建物に遮られ、薄暗くさえ感じるその場所にひっそりと掲げられた看板が、まっすぐ目に飛び込んできた。白い漆喰の壁、緑で飾られたバルコニー、観音開きの扉の奥からオレンジ色の灯りがもれている。

―ジュリエットクラブだ!

心臓がドキン、とはねる。

考える間もなく、扉に向かって歩き出していた。そっと扉を開けなかを覗くと、20代だろうか、観光客らしいカジュアルな服装をした3人の女性が机に向かって何か一心に書きものをしている。

ひとりの女性が顔をあげ、目が合うとにっこり微笑み、また手元に視線を戻す。

―みんな、手紙を書いてる。

扉から向かって右手にはどっしりとした木の机があり、その上には便せんや封筒、ペンなどの文房具が並んでいる。よく見ると便せんや封筒はすべてジュリエットがバルコニーから身を乗り出すイラストが描かれたオリジナルのものだ。3人の女性はそれらを前に、思い思いにペンを走らせている。

左手に目をやると、どっしりと大きな棚が壁づたいに設置されていた。そしてその棚を無造作に埋める、箱、箱、箱…。

すべての箱には、国の名前が黒いマジックで大きく記されていた。

イタリア, フランス、スペイン、イギリス、ロシア、アメリカ、中国…

―日本!

旅先で偶然友だちに会ったかのような嬉しさで、思わず駆け寄り「Giappone(日本)」と書かれた箱を上から覗く。手紙。溢れんばかりになっている他国の箱の有り様を見れば、「日本」の箱に収められている手紙の数が少ないことはすぐにわかる。けれど、それでも何十通かはあるだろう。白、水色、ベージュにピンク。無地や花柄、ストライプ―。1通として同じもののない封筒が、開けられることなく待っていた。気になるのは消印の日付だ。ぱっと見たところ、昨日や今日届いたものではない。

―きっと、日本語がわかる「秘書」がいなくて後回しにされてるんだ・・・。

映画「ジュリエットからの手紙」のモチーフともなったこの「ジュリエットクラブ」には、世界中からジュリエット宛に、恋の悩みを綴った手紙が届く。年間5000通、映画が公開された直後には何と40000通。その1通1通に返事を書いているのが、ここにいるスタッフ―通称、「ジュリエットの秘書」たちだという。

―いつ返事がくるかも分からない宛先に、それでも書かずにはいられなかった恋。

わたしは日本人だから、日本人の筆跡がわかる。それがどれだけ丁寧に書かれたものか、どれだけ心を込めて書かれたものかもわかる。日本語でなく、アルファベットで綴られたこの住所だけでも、だ。

いま目の前にある日本からの手紙すべて、みんなみんな、真剣な文字だった。

―このままこの手紙を放置しておきたくない。

思うやいなや、あたりを見渡す。スタッフらしきひとの影はどこにもないが、2階へと続く階段が見えた。ためらうことなくズンズンとその階段を登り、上がった2階の廊下の先からひとの声が聞こえるので、そちらを目がけてまたもやズンズン進む。こういうときは止まってはいけないのだ。体のどこかに眠っているためらいの虫が起き出す前に、ズンズン行かないと。

「ボンジョルノ!」

明るい会議室のような部屋にいた2名の女性と1名の男性がいっせいにこちらを見やる。入り口の近くに立っていた白いブラウスの女性に、そのままの勢いで話しかけた。

「あの、お邪魔してすみません。わたしは日本から来た観光客なんですが」

「ええ、何かご用ですか?」

「下で、日本からもたくさん手紙がきているのを見ました。わたしは日本人で日本語が分かるから、もし可能なら返事を書かせていただけませんか?」

「ボランティアをしたい、ということかしら」

いきなり突撃してきた日本人観光客に、笑顔で応えるスタッフの女性。そのひとことに思わず赤面する。あぁぁ、きっとあの映画を観たミーハーだと思われたに違いない。

「はい…可能でしょうか?」

「ええ、もちろん!それは助かります。ただ、いまちょっとランチでひとがいないから、あと1時間後くらいに戻ってきてもらえますか?そうしたら、あなたにやってもらうことを説明しますから」

☆☆☆☆

1時間後、わたしはこれ以上ないほど真剣な気持ちで便せんに向かっていた。日本から届いたすべての手紙に返事を書く時間はないし、返事を書かない手紙を興味本位で読むわけにもいかない。少し逡巡した後、宛名の文字の見た目と差出人の名前、つまりファーストインプレッションで3通の手紙を選んだ。

とても年上の彼に恋をした15歳の女の子。同じ職場の先輩を諦められない20代のOL。旅先で出逢った彼が忘れられない30代の女性。

その3通の手紙すべて―本当にすべて、1文字1文字から彼女たちの息づかいが聞こえてくるようだった。便せんの裏を触れば凹凸がわかるほどに、願いを込めて書かれた文字の筆圧。清書したのではないかと思うほどに、美しく書き損じのない文字。「英語が分からないからここから日本語で書きます、ごめんなさい」と、きっと辞書をひきながら一生懸命綴ったであろう、断りの英文。

恋をしていた。そして悩んでいた。告白するべきか。もう1度はっきり聞くべきか。忘れるべきか―。

身もふたもない事実を前に、わたしはしばし固まっていた。答えはすべて、彼女たち自身の手紙のなかにあった。きっとこれが友だちの恋バナだったら、彼女らだってはっきりわかるのだ。どうするべきか。どうしたほうがいいのか。勝算があるのかないのか。

―でも、それがわからなくなるのが恋だよね・・・。

彼女たちの一文字一文字に応えるよう、わたしもいま一文字一文字を綴っていく。心を込めて。がんばれ、というエールも盛大にのせて。1通1通内容は違えど、伝えることはただひとつだった。

駆け引きなんてしないで。あなたの心からの気持ちを伝えて。本当に後悔するのは、打ち明けてうまくいかないことじゃない、不戦敗の恋をすることだよ―。

―まぁ、それができたら苦労しないって思われちゃうかな〜。

「まだ書いてるの?」と様子を見にやってきた女性スタッフが淹れてくれたカフェにいつもは入れない砂糖をたっぷり入れ、だるくなった右手をぶらぶらとさせる。そういえばとくに何の注意事項もなかったけれど、そもそも、この「不戦敗の恋なんてするな」戦法一辺倒の返事は、ジュリエットクラブ的にOKなのだろうか。

―・・・構うもんか。

だってだって、恋をした女の子はいつだって戦場にいる。感情のハイ&ローで息も絶え絶えになり、些細なできごとに一喜一憂し、毎晩生きるか死ぬかの想いで眠りにつき、それでも朝になればごはんを食べ、学校や職場に行き、色んな役割を全うすると同時に、髪も肌もツヤツヤにしてなきゃいけないんだ。これが戦士じゃなくてなんなのだ。

デミタスカップの底に残った白砂糖をじゃらりと飲み干し、えいっと再びペンをとる。がんばれがんばれ、にっぽんの恋する戦士たち。いつかきっと、闘ってよかったと思う日がくるから。

Thank you for reading!