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1年の終わりに思うこと。

この時期になると、ちらほら今年を振り返る投稿を目にする。
私もなんか書こうーと思いながら、先延ばしにしつつ、グズグズしてると年が明けてしまいそうなのでとりあえずまずはFacebookとかの年末年始の投稿を見ようかなーと、今に至る。

各月で振り返ってもいいんやろうけど、ちらっと投稿を見てみても、今年一年は主にこの3つが占めるようなのでそれに沿って書き始めてみようと思う。

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仕事

一言で表すなら、「ライスワークからライフワーク寄りへ」という感じかな。新卒で入った会社を辞めた。

もうよく知ってる人もいると思うけど、ゼロからというよりもむしろマイナスからスタートしたプログラマ生活。2016年4月から2018年3月末、まる2年の間は多分、ハッピーな感情や表情よりも泣いたり苦しんだりする方が多かったけど、間違いなく私は強くなったし、少しの自信を手に入れた。

転職活動は実は2016年の秋にはしていたし、今の「ライフワーク寄り」の方向に進みだしたのもその頃からやから、今年の振り返りの範囲外ではあるけれど。今年のことを見返そうと過去の自分の文章をあさっていたら、ちょうどその頃スタートしたブログがあって、なんとなくこのタイミングでnoteとリンクさせとこうかな。

人生で初めて書いたブログは読み返すとかなり恥ずかしい。書いている裏側で、泣きながらご飯食べたり通勤電車乗って生活をしてたんかーと思うと、前向きなことばを綴りながらそこそこ自分も頑張ってたなって思う。この経験は自分のキャリアに欠かせないものだと確信している。
でも、「みじんこプログラマ」と名乗りながらそのままぽっきり自分が消えて蒸発してしまうことなく、なんとかこうやって「必要な経験だった」と振り返ることができているのは本当に周りの人のおかげ。感謝が絶えない。
後述の振り返りにも出てくる(予定や)けど、このタイミングで動き出したことが全てに繋がっているような気がしていて、今の職場に誘ってくださった方々との出会いも、ここに原点がある。

今年の5月21日から仲間入りさせてもらった「コミュニティデザイン事業部」という「家族」。家族というのは前に先輩が使い始めた表現で、本当になんかそんな感覚があって不思議。部を統括する「お父さん」と、一緒にプロジェクトを進める「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」、11月には新たな「お姉ちゃん」も加わった。入った当初はあまり意識しなかったけど、宮崎に一緒に出張したり、プロジェクトを一緒に企画したりしている、同じフィールドで取り組みを進める別会社のみんなも、実は親戚の「おじさん」や「いとこ」のような感じが、密かにしっくりきている。(かなり失礼かもしれないな笑)

早、7ヶ月。スキルも経験も考え方もまだまだ及ばないけど、かけがえのない「家族」の一員として私もなんらかの存在意義があると嬉しい。
詳しいことは分からないけど、来年以降、さらに色々な動きが出てきそうな雰囲気は肌で感じていて、1日も早く独り立ちができるように頑張らねばと思う。とてももどかしいのは、プライベートと仕事が接点を持ち始める一方で、いただいたきっかけに、自分1人で大きく YESと自信を持って答えることができていないことと、実体験として自分のことばで伝えたり語ったりすることがまだまだできないこと。来年はそのあたり、一皮むけたい。

でももし、転職で苦しんでいる最中の自分に今から声をかけることができるとしたら、自信を持ってこう言える。「大丈夫やで。心の向く方に。作らず笑える日が待ってるから。」


人間関係

これをグラフで表すとしたら、傾きNはすごい変化をしてきた1年だと思う。いろいろあったな。

各所でとてもお世話になった大切な友人たちには本当に感謝しかない。

社会人になると友人との関わりや会社以外の「生活」は学生時代よりも窮屈なものになるのだろうかと、抱いていた不安に反して、現実の世界はとても自由なものだった。そしてそれは2年前から特にそうだったようで。
出会う人が増えて知り合いが各地にできるのは、きっとよくある話。その次の「二度目まして」に繋げたいと、ごく自然に思える人たちとの出会いが多かったことは、この1、2年で誇れることだと思う。

友だちの友だちは友だち、ということばが本当にあり得るんだと実感できたのもこの1年の大きな学びだったし、そうした人たちと過ごす時間は自分の人間関係に対する怖さのリハビリだったと思う。

昔から人間関係には敏感で、中学校時代のある場面・あの時の気持ちは忘れない。あの時、褒められるような「いい子」、誰にでも「いい顔」をするのはやめようと決意したものの、人間そう簡単には変わらないのが性格で、そうした自分の「いややな」と思う部分が顔を出すことも未だにあるのが現実の27歳。結果的に今年もそれで痛い目を見た。
人好きのくせに素で人と接することが怖かったり、今年は本当に心の底から人を信じられなくなった時期があったし、意外と人の気持ちには敏感な方で余計な想像を膨らまして1人で落ち込むことも多かった。
そういう面を他人に見せるのはいやで、変なところプライドが高かったりするから、遠回しに気づいて欲しいという心の叫びがありつつ(しかもそれは結構、結局周りに伝わってるからかっこわるい。)、表向きはできるだけ綺麗に見せがち。
なんてめんどくさい人間やと自分でも思うけど、そんな表情の裏側をわかってくれる人や、なんとなく気にかけてくれる人、素でいられてるなという時にそんな私を「いいね」って言ってくれる人、とびきりの笑顔を記録してくれる人、本当にたくさんの優しさに触れて、人のあたたかさにまた少し救われた1年だった。

人目も気にせず泣きまくる事件が発生した時には、このまま事故ってもいいと思ったし、絶対に許さないと決めた事柄もある。今まではそうした部分は隠すべきことで、「よくない」「直さないといけない」と思っていたけど、今年はある意味、そうした嫌な自分を少し認めることができはじめたのかもしれない。

他人は自分の鏡、とはよく言ったもので、たくさんの人との繋がりの中で自分と対峙して向き合うということができていくんだなと思う。一番近くて一番遠い、一番よくわからない自分って厄介だなあと思うけど、もし逆に大切なみんなの鏡として私も存在することができて、映るお互いの姿を磨いていくことができるなら、なんかいいな。

急勾配のグラフとはいえ、今振り返りながら大好きなみんなの顔が次々に思い浮かベることができているということは、確かに私は幸せ者だということなんだと思う。


あり方

3つ目の内容としてこれを選んだわりに、ことばにするのが難しい。
なんだかんだ、「やっぱりそうやねん、それやねん...!」と、自分の大事にしたい価値観とかあり方とか生き方がまとまりつつあるようには感じる。

2年前にはこんなことを書き残していた。
自分と、社会・人・モノの関係について考えてみたこと
結局わからないことだらけ。それでも一つ、分かったこととは。

自分で書いた文やけど、改めて読んでどきりとしたのは特にこの部分。2018年の私の目指してきたあり方は、これと変わっていない。

先が見えないのは不安だ。
でもそういう状況にあるときこそ、私は、より自分で動いてみる方を選びたい。その先には何かしらの出会いと発見があると、確信できるから。
考えても考えても分からないこともある。そのままもやもやしているのなら、私は飛び込んでみる方向に進んでいきたい。どうなるかなんて、結局分からないのだから。
分からない将来を憂いて諦めるより、自分の心に素直になって挑戦できる自分でありたい。

自分らしさとか、自分ならではの関わり方とか、そういうことをなんか大切にしたいというのも、この頃から変わっていないな。

自分がこつこつ行っている物事が、社会・人の役に立っていると思えること。自分の存在が、【社会・人・モノ】に何かしらの影響を生み出していると思えること。それが、自分の存在する意味や価値を確認できる方法である。
自分はこれが好き、これが大切。それらを貫き通し、突き詰められるのもすごく勇気とパワーがいることで、尊敬するし憧れもある。でも、それがもし自分以外の誰にとっても不要なもので、気にかける必要もない、と思われていると知ったら、私はとても怖い。
・・・
自分の好きという気持ち、大切にしたい価値観。その延長に、誰かのため、社会の何かのためという繋がりがあること。それがモチベーションであり、心の安定になっている、ということはあると思う。

2年前から悶々モヤモヤと、「人がいきいき生きられるような繋がりってどんなものだろう」「人がいきいき生きる社会づくりがしたい」ということを考えてきたんだなあと思うと、あんまりその点に進展がないことには少し笑える。一歩前進したなと思えることを挙げるとすれば、「人が」というところには自分も含まれるんだということにようやく今年になって気づけたということかな。
でもこれって結構大事な発見。対人の時間が増えれば増えるほど、いかに自分がいきいき過ごせているかが影響してくると感じる。自分が気分屋とか影響されやすいタイプだということも大きいかもしれないけど、そういうのって「伝播」すると思う。
モヤモヤさをことばにすることに挑戦していることも、何かしら一歩踏み出してみようとして、それを発信しようとしていることも、少なくとも同じような「モヤモヤの民」タイプの人に届けばいいな、という思いがあるからで。自分が挑戦したり一歩踏み出してどう変わっていくのかを表現できているとして、それが周りに伝播していったら、「いきいき人口」も自動的に増えていくんじゃない?という楽観的な考え。

社会的に大きなことを成し遂げようとか、そういうのは比較的どうでもよくて、まずは自分の身近な繋がりの中から小さなプラスの波を起こしていきたいと思う。

あともうひとつ、この1年で確信したのは、場に「帰る」ということばに対する自分の感覚について。

今年の振り返りのわりに、直近の年末年始に書き留めていたことの引用はほとんど出てきていないけど、実は2018年の年始にはこんなことを書いていた。
今年、どんな目標設定をしますか?

立てた目標が達成できたとは正直全く思えないけど、この部分が「かもしれない」から確信に変わったのは今年の大きな成長。「帰る」というのはその土地に対する感情ももちろんあるのだけれど、そこに「会いたい人」がいないと「ただいま」っていう気持ちにはなれないんだなと思う。

やっぱり自分は「人」が好きで、そこに「人」があってこそ、その土地に魅力を感じるということ。
・・・
「また行きたい」というより「また帰ってきたい」ということばがしっくりくるような土地は、いくつあってもよい。実際のところ、無理に絞ろうとしても無理だな、というのが最近の私の感覚である。

無理に絞ろうとせずとも、直感で「ここ!!!!!」と思える地に出会えたのも今年の一大イベント。来年・今後に向けて、どのようにアクションしていけるのか、まだ具体的には見えていないけれど。


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2018年を迎えた時の投稿には、「いい顔になったねと、言われるようになったけれど、どうやろう笑」と書いていた。

「いい顔だったよ」と答えてもいいんじゃないかなと思う。
最高の笑顔を交わせる仲間が、会いたい人たちが、各地にいて、距離の問題なんか飛び越えてしまえるような気さえする。一人一人の顔を思い浮かべて少し泣いちゃいそうになっていることが、最高に嬉しい。

きっと来年も、もっといい顔で過ごせる。


2018.12.31


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