The end of their life. 130 ジョー 山中
The end of their life. 130
ジョー 山中(ジョー やまなか)
(1946年9月2日-2011年8月7日)
ミュージシャン・俳優・プロボクサー。
神奈川県横浜市生まれ。
7人兄弟の中で唯一の混血児として生まれる。
小学生時代に母を亡くした上、自宅が火災で全焼。結核で2年間入院した後、16歳まで養護施設を転々として育つ。中卒後、自動車の修理工場に勤務。
1962年、腕っぷしの強さを聞きつけたボクシング・トレーナーの金平正紀にスカウトされ上京し、金平ジムへ入門。城アキラというリングネームで活躍。
1963年、混血児をテーマにした映画『自動車泥棒』で安岡力也たちと共演。
1966年GSグループ「4・9・1(フォー・ナイン・エース)」に城アキラの芸名で加入し、ヴォーカルを担当。翌年シングル『星空を君へ』でデビュー
1968年、内田裕也の「フラワー・トラベヴェリン・バンド」にヴォーカリストとして参加。1973年の解散後はソロに転身。翌年アルバム『Joe』をリリース。
1975年のワールド・ロック・フェスティヴァルでは、元マウンテンのフェリックス・パッパラルディやジェフ・ベックとの共演を果たす。
1977年、映画「人間の証明」に出演。主題歌『人間の証明のテーマ』も担当。オリコンチャートでは最高2位、50万枚を超えるヒットとなる(累計ではミリオンセラーを記録)。
1980年、映画「戒厳令の夜」(山下耕作監督)で音楽監督を務める。
2008年、フラワー・トラヴェリン・バンドをオリジナル・メンバーで再始動し、アルバムをリリース。日本、カナダ、アメリカでライヴを行う。
2010年2月に肺癌が見つかり、3月25日、自らのホームページで治療中であることを公表。
2011年7月下旬に心肺停止状態に陥り、8月7日朝、神奈川県横須賀市の病院で死去。64歳。
喧嘩が強く、安岡力也をタイマンで半殺しにしたほか、日比谷野外音楽堂でのコンサート中に、全共闘のメンバー十数人から殴り込みを掛けられ、ステージ上で大乱闘になった際、ボクシングで返り討ちにしただけでなく、演奏が終わった直後に逃げた相手を追いかけ、「それ以上殴ったら死ぬ」と止められるほどボコボコに殴りつけた、といった武勇伝が存在する。
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