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僕たちは中村帆高に恋をする


J1リーグ第1節。開幕戦。
FC東京は清水エスパルスとの対戦のため、日本平に乗り込んだ。富士山がよく見える快晴のピッチに、不安と期待の入り混じった顔で足を踏み入れたひとりの選手がいた。

背番号37番、中村帆高。
神奈川県横須賀市出身。中学までは、東京のレジェンド石川直宏と同じ横浜マリノスジュニアユース追浜に所属していた。ナオさんの後輩だ。そこから日大藤沢高校・明治大学と進学し、今季FC東京へと入団した。

この日の起用は左だったが、本職は右SB。左SBの小川が怪我をし、スクランブルでの出場だった。そんな中でのリーグ開幕戦初スタメン。相当なプレッシャーもあっただろうが、実に淡々とプレーして見せた。プロ選手として、上々の滑り出しだった。
こうして見ると、サッカー選手になるべくして表舞台を順調に歩んできたように見えるが、ひとつ違えばその姿には出会えなかったかもしれない。


サッカーを辞めようと思っていた

「高校でサッカーを辞めようと思っていた。正直、やりたくなかった。」
あるインタビューで彼はそう話している。明治大学のセレクション受験も、友達に付き添って行った「記念受験」でしかなった。
しかし、明治大学の栗田監督は彼の才能を見逃さなかった。迷いつつも明治大学を進路に選んだ彼に、監督は敢えて厳しく接して指導した。そこで常に比較対象とされてきたのが、今や日本代表選手になった同じポジションの卒業生、そして将来のチームメイト室屋成だった。「成だったらこうする」そんなことを幾度も言われて、叱咤されてきた。半ば強制的に比較されて意識させられてきた。きっと憧れともライバルとも違う感情があっただろう。そんな中で「やってやろう、見返してやろう」という気持ちが生まれ、成長していった。3年時にレギュラーを掴むとそのままチームには欠かせない存在となり、4年時まで駆け抜けた。
しかし、その先のプロへの道に進むことは正直迷いがあったのだろう。高校で辞めようと思っていたサッカーを4年間やりきった、そんな思いもあったのかもしれない。彼は就職活動もしていた。めでたく内定ももらい、入社すれば住宅の営業をする予定だった。そんな彼に届いたFC東京からのオファー。嬉しかったのか、重たかったのか、正直分からない。同じポジションには4年間比較され続けてきた室屋成がいる。それでも彼は、プロの道に足を踏み入れることを決めた。決めてくれた。


横浜Fマリノス戦

約4ヵ月間の中断期間を経て、Jリーグが再開された。FC東京は再開戦レイソルに勝利したものの、次節の川崎相手に0-4と大敗する。そのピッチを前半で去った、悔しそうな37番の姿がそこにはあった。清水戦では上手くいったものの、この試合ではプロの洗礼をしっかりと受けたように見えた。
そこから3日後の横浜Fマリノス戦。東京にとっては昨年最終節で敗戦し、目の前でシャーレを掲げられた相手。リベンジしなければ気が済まない相手だ。そして、中村帆高個人にとっては古巣との対戦。前節の悔しさも相まって、燃えるものがあったのだろう。清水戦と同じく左SBでのスタメン出場となったが、自ら「いつかは越えなければいけない存在」と言った先輩の室屋と一緒に東京の最終ラインをしっかりと守って見せた。前半はまだ緊張や硬さが見て取れたものの、時間の経過と共にみるみるうちに試合へと順応していった。まるでスポンジが水を吸収するように、試合の中でどんどん成長した。その姿がとても、頼もしかった。後半40分頃には、昨年のMVP仲川に裏を取られそうになったところへ素早く反応して魂のブロック。気持ちが前面に出て、思わずガッツポーズと雄叫びが出た。彼のリミッター容量が跳ね上がった瞬間のように思えた。そんな姿に、たくさんの人が恋に落ちたに違いない。
試合後のコメントで「やれた部分もあったけど、まだまだ足りない。どんな試合も無駄にしないで成長につなげていきたい。これからも東京の勝利のために走り続けたい。」となんとも力強い言葉を残している。
とても彼らしい言葉だと思った。もともと謙虚な性格ではあるのだろうけれど、自分の立ち位置をいい意味でしっかりと把握している冷静さがある。そしてそこにプロとしての自信も加わってきている。もうチームにはなくてはならない存在。これからの活躍に期待が高まるばかりだ。


即戦力として期待される大卒ルーキー。開幕後いきなり中断期間に突入したり、その後がとてつもない過密日程になったりと、とても難易度の高い1年目になることは間違いないだろう。しかし、ここまでサッカーを通していろんな経験を積んできた彼には、良い時ばかりではないと知っている強さがある。自分を信じて、チームを信じて、突き進んでほしい。

高校でも大学でもサッカーを辞めようと思った青年が、プロになった。
中村帆高はまだまだ進化する。
そしてその姿を目撃した時にきっとまた、僕たちは中村帆高に恋をする――