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FF7小話1

神羅カンパニーの本社が置かれる超高層ビル、その49階にあるソルジャー専用のブリーフィングルームの硬い椅子をぎいと揺らして、アンジールは目の前の紙切れから距離を取った。だが、ほんの少し離れたところでその紙に書かれた事実が変わるわけではない。無機質な天板の上で、真っ白な紙に印刷されたごくシンプルな辞令は静かにその存在を主張し続けていた。

どうしたものかとアンジールがその厳つい顔をしかめていると、背後に人の気配がした。ほどなく静かなスライド音と共にブリーフィングルームのドアが開き、踊るような独特の足音が聞こえてきた。顔を見るまでもない。同僚のジェネシスだ。
パーティションをぐるりと回って観葉植物の鉢植えの後ろから姿を現したのは、やはりジェネシスであった。愛用の赤いコートは隅から隅までまでピシリとアイロンがかかっており、彼が歩くたびに優雅に裾が揺れた。
ジェネシスはアンジールから一つ離れた椅子にさっと腰掛けた。挨拶は無し。身内であることを確認する儀式は彼らの間には必要がなかった。
「これが噂の」
渋い顔のアンジールの前に置かれた紙きれをジェネシスはひょいとつまみ上げた。素早く内容に目を通すと、芝居がかった仕草で片眉を大きく跳ね上げる。
「16歳だと?話が合うのか?」
「聞くな」
からかいなまじりのジェネシスの言葉にアンジールはため息と共に答えた。その脳裏に”彼”との出会いが蘇る。

「遅くなりましたぁー!ザックス、ただいま到着!」
騒々しい挨拶と共に約束の時間からわずかに遅れて現れたのは、目をキラキラと輝かせた少年だった。魔晄を浴びたもの特有の青い瞳は通常冷たい印象を与えがちだが、彼の場合はそうではなかった。不思議な温かみがあるのだ。まるでよく晴れた空のようだとアンジールは思ったが、目の前の少年の苗字を思い出して口の端に笑みが浮かんだ。
彼の名前はザックス・フェア。まさに晴天の印象にふさわしい苗字の持ち主だったからだ。
「遅いぞ、時間厳守!」
「すみません」
アンジールが表情を引き締めて一喝すると、ザックスはしゅんとうなだれた。ころころと変わる表情は彼の素直な性格の表れだろう。

聞けば一般兵からソルジャーへの昇格に伴って広がった行動範囲に興奮し、ビルの中を真新しいIDカードで探索してはあっちで奢られこっちで奢らされを繰り返していたらしい。
試験結果が示す通り、彼の戦闘センスがずば抜けているのは確かだろうだが、それより前に教えねばならぬことがたくさんありそうだとアンジールは嘆息した。
犬の躾と同じだ。散歩の最中に目移りしてフラフラとあちこちを嗅ぎ回るようでは立派な軍用犬にはなれない。
「神羅の歴史の中でソルジャーから一般兵に降格したものはいない。お前はその最初の1人になりたいのか?」
「いいえ、サー!」
重々しいアンジールの言葉にザックスは居住まいを正した。その真剣な表情を見て、アンジールは小さく頷いた。
「ソルジャーの行動規範をもう一度よく頭に叩き込んでおけよ」
「りょうかーい!」
アンジールの言葉に、敬礼したまま気安い調子でザックスは答えた。アンジールは内心で脱力しつつ、道のりの厳しさを予感せずにはいられなかった。

アンジールとザックスの出会いの様子を聞いて、ジェネシスは忍び笑いを漏らした。
「素直そうなやつじゃないか。良い兵士になりそうだ」
ジェネシスのザックス評にアンジールはううともむうとも取れるような唸りを返した。前半部分は文句なしに同意できるが、後半部分には複雑な思いがした。良い兵士になる…それはつまり効率よくたくさん人を殺せる兵器になるということだ。そういう人生をあの少年に課すことにアンジールは漠然とした躊躇いを感じた。

他ならぬザックスの選んだ道とはいえ、ソルジャーになるというのは単なる職業選択ではない。適正試験をクリアしたのち、体に不可逆の処置を施すことで超人的な力を手にした人間──それがソルジャーだ。もはや後戻りのできない道を進むしかないのであれば、確かにジェネシスの言う通り優れた兵士にしてやるのが良いのだろう。どんな状況でも生き延びることのできる兵士に。それがアンジールにできるせめてもの贈り物だ。
「しかし上がわざわざ教育係をつけるとはな」ジェネシスはもう一度、アンジール宛の辞令を手に取った。「よほど有望なのか、それとも…」
「両方だ。有望で、問題児」
アンジールはジェネシスの言葉を引き取って短くそう答えたのだった。

「それで」とジェネシスは愉快そうにアンジールの顔を見た。「16歳と話は合うのか?」
どうやら最初の話題に戻ってきたらしい。アンジールは自身の任務に同行させた際のザックスとのやり取りを思い起こし、軽く首を傾げた。
「兵士として教えるべきことは教えている」
「プライベートも含めて面倒を見てやるのがメンターとしての務めだぞ」
「…ラザード統括の受け売りだろう」
つい先日あった上級ソルジャー向けの講習会を思い出し、アンジールはじとりとした目つきでジェネシスを睨んだ。その講習会のテーマは”後輩の育成”。3人しかいないソルジャー・クラス1stのうち、律儀に出席したのはアンジールだけだった。ジェネシスを含む残りの2人はどちらもこの手のことに積極的なタイプではない。壇上で熱弁を振るうラザードと目が合うたびにアンジールは、「しっかり頼むぞ」と念を押されるのを感じていた。

戦線の拡大を目論む神羅カンパニーはその手勢となるソルジャーの数をどんどん増やしていた。だが、碌に訓練もされないままではいかに超人的な身体能力があろうとも組織だった敵の前にあっさりと散るのがオチだ。今まで個人主義的傾向の強かったソルジャー部門が急に新人育成に力を入れ出したのは当然の流れであった。だが、クラス1stのソルジャー直々に、というのは異例中の異例だ。なるほど確かにザックスは期待の新人らしい、とアンジールは改めて思った。

「俺はそろそろ行く」
そのザックスとのトレーニングの時間が近づいているのを壁の時計で確認し、アンジールは席を立った。
ほら、とそのアンジールに向かってジェネシスは何かを差し出した。それは薄っぺらい冊子だった。きわどい衣装を纏った若い女が腰をくねらせた写真が表紙を飾り、ド派手な色合いの見出しがゴテゴテと書かれている。
「なんだこれは」
アンジールは眉をひそめた。古典文学をこよなく愛するジェネシスとその冊子の組み合わせは意外という他なかった。
「若い連中が読んでる雑誌だ。これでも見て勉強するんだな」
思わず受け取った冊子をペラペラとめくると、流行りの音楽だのこの夏おすすめのデートスポットだのが載っていた。もう一度表紙を見る。雑誌の名前は『ヤング・ミッドガル』。ソルジャーの誰かが定期購読でもしているのか、休憩室のマガジンラックにその名前を見たことがあった。それはいいが──
「…随分前の号だぞ」
ジェネシスはアンジールの掲げる雑誌の表紙にちらりと視線を走らせると、軽く肩をすくめた。
「LOVELESSの第二幕のアレンジが初めて上演された年だろう。最近じゃないか。それに──」
続けてジェネシスが挙げたのはその年流行した歌のリストだ。そのタイトルの中にアンジールも知っているものが幾つか混じっていた。今でもふとした拍子に口ずさむお気に入りの曲も。
興味を惹かれたアンジールが目次に目をやると、そこにはこんな文言があった。

『流行語ランキング!ナウなヤング必見!!』

アンジールはザックスと概ねうまくやっていると思っていた。だが、時々ジェネレーションギャップのようなものを感じてもいた。アンジールの使う言葉がわかりにくい──ザックスの直裁な言葉を借りてば”じじくさい”というのだ。

そのせいでコミュニケーションに齟齬があってはもったいないというもの。

「確かに歩み寄りは大切だな」
アンジールはそう呟き、雑誌を携えてドアの方へと体の向きを変える。
「教育係も大変だな」
背後からかけられた、他人事のようなジェネシスの言葉に片手を挙げて答えると、アンジールはトレーニンググルームへ足早に向かった。

道中ペラペラと雑誌をめくってみる。目に止まったのはとある流行語だ。誰かを囃し立てたり気分を盛り上げたい時に使う言葉らしい。いまいち基礎訓練に身が入らない様子のザックスの意欲を高めるのに使えるかもしれない。

「早速使ってみるか…!」

予行演習のためにアンジールは1人つぶやいた。

「ヒューヒューだぞ」

それを耳にした通りがかりのソルジャーの1人がギョッとしたような顔をしたのが気にはなったが、アンジールは決意を胸にトレーニングルームへと足を踏み入れた。

何年も前の流行語ばかりを聞かされるザックスの心中、推して知るべし──。

流行語


【ネタバラシ】

FF7リバースのコスタ・デル・ソルで選択する水着によってはエアリスが例の流行語を発するんですが、FF7無印をリアルタイムでプレイした人には懐かしく感じられる単語でしたよね。それが令和の世にRebirthした…その裏にあったカラクリとは、という妄想設定でした。

お目汚し失礼しました!

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