ありがと
「さて。私が飼っているのは犬でしょーか、
猫でしょーか」
ベッドの端でストッキングをするすると履きながら
投げられたクイズは
昨夜のアルコールが残る寝起きの頭に響いた
喉が渇いたな
相変わらず一本だけしか用意されてない
サービスドリンクの水を飲み干した
「…犬だったよね」 自信はあんまりないけど
「よく覚えてました~」
カードの暗証番号を入力する音に合わせて
背中にふわふわと柔らかな丸みが当たる度 昨日の
暗い中ぼんやりと照らされて弾む姿を思い出す
こういうの 分かってやってるのか
よく分かんないとこも良い
変にワガママ言わないとことか 塩梅よく
めんどくさいとことか
なんか他にもあるんだけど
とにかく可愛いし 丁度良い
ホテルから出て駅まではどちらともなく離れて歩く
一回目からなんとなくそうしてしまって
以来ずっとそうしてる
だいたいいつも乗る電車が後になるので見送る事になる
どうやら今日もそうなるみたいだ
感傷的な 恋人同士みたいなやつはしない
軽く手を挙げて無言の いつもの挨拶をすました後
ドアまで歩きだしたはずの後ろ姿がくるりと振り返り
長い髪がふわりと揺れて戻ってくる。あれ?
「どしたん?」
「うん。あのね…あたしが飼ってるの、猫だよ。
これで分かった。今日で会うの、最後にしよう。
今まで 」
最後のほうは
発車のベルや駆け込む人の足音でよく聞こえなかった
そのままベンチに座り込み
乗るはずだった電車も なんとなく見送ってしまった
どうしたら良いか分からないまま通話アプリを開くと
あぁ ほんとだ
猫と顔をすり寄せて二人して同じような顔になっている
そのプロフィール写真がいつも通り可愛くて
今の自分が間抜けすぎて
思わず小さく ははっと笑ってしまった