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飛行機での板チョコ

小学生2年生の夏休み、両親と四つ上の兄(小6)と北海道の祖父母の家に旅行に行った。両親が用事で先に帰り、その数日後、兄と2人で旭川空港から羽田空港まで飛行機で帰るという初めての兄妹二人旅だった。

旭川空港でおじさんおばさんに買ってもらったお土産をリュックとカバンにパンパンに詰め、従兄妹達にも見送られ、兄と私は搭乗口に向かった。客室乗務員の女性が私たちを席まで案内してくれた。

右端の席だった。窓際は兄に取られた。そして後ろの席にも小学生の兄弟二人が座っていた。(お兄ちゃんは高学年(やっぱり窓際)、弟は私より年下だった感じ)今思えばそこは子供専用のエリアだったのかもしれない。

客室乗務員の女性に「困ったことがあったら呼んでね」と言われたような記憶がある。緊張したけれど、兄がいるから安心感もあった。でも兄は私よりうんと緊張していただろう。当時はそんなこと思いもしなかったけれど。

離陸の衝撃や雲の上の景色への興奮も落ち着き、何か食べたくなった。そういえばカバンの中におばさんからもらった明治の板チョコがある。帰りがけにおばさんがなんと20枚位くれたのだ。そんな大量の板チョコを手にしたたのは初めてで私と兄は大はしゃぎだった。

「あのチョコレートが食べたい」と兄に言って、私は棚の上においたカバンのチャックから二枚取り出す。機内で食べようと思って取り出しやすい位置に入れておいた。(ぬかりない)

私がチョコを取り出すのを後ろの席の兄弟が見上げていた。兄と私はチョコを食べ始めた。少しすると後ろの席から「ぼくもチョコが食べたい」という声が聞こえた。後ろの弟がお兄ちゃんに訴えっているのだ。

「我慢しろ」お兄ちゃんが言っている。「チョコが食べたい~」弟がグズり始めた。「無いもんは仕方ないだろ。我慢しろ」お兄ちゃんはイライラしている感じ。

私はどうしたらいいんだろうと思った。チョコはいっぱいある。あげたいな。でもどうやって話しかけたらいいんだろう。どうやって。

内向的だった私はかける言葉がわからず戸惑った。心臓がどきどきする。

「チョコが食べたい~」と後ろの弟がまだグズっている。その時、(私の)兄が「チョコあげてあげなよ」と言った。私は「なんて言ったらいいの」と聞いたかもしれない。「普通にあげる、でいいじゃん」と兄に言われた(今思えば兄があげてくれても良かったのでは?と思った(笑))

私は意を決して立ち上がり、もう一度棚のカバンからチョコを引っ張り出した。そのままの立った姿勢で弟に「これあげる」と小さな声で言って渡した。

弟は「わあっ!!」と目を輝かせ、顔がぱあっと明るくなった。どうやら泣いていたぽかった。隣のお兄ちゃんにも「どうぞ」と一枚差し出した。「あ、ありがとうございます」お兄ちゃんはびっくりした顔でチョコを受け取った。

私はホッとして席に座った。まだ心臓がバクバクいっている。後ろで弟が「チョコおいしいね~おいしいね~」と言ってる。お兄ちゃんもチョコを食べている音が聞こえる。

「ああ、良かった」と心から思った。勇気を出してチョコを渡せてよかった。だってほんとにあげたかったんだもん。私、ちゃんと話しかけられた!

隣の席で兄が窓から空を眺めている。「よかったな」とか何か言ったような気がする。当時は全く気付かなかったけれど、兄も不安や心配、妹のことも気遣っていたのだろう。なんてったって初めての兄妹旅だもん。

もしかしたら後ろのお兄ちゃんの「兄」の立場にも共感してたのかもしれない。思い返すと兄には感謝の気持ちがいっぱい。

うちには家庭内で暴力の連鎖があって、兄と私も子供のころは仲が悪かったけれど、この時の記憶はあたたかで、大人になった今でも印象的な記憶として蘇る。

子供時代の体験って人生に深く残る。今では兄とも両親とも仲良くなって、お互いに助け合い、思いやりをもった関係が育っている。わたしたち家族は離れて暮らすことが良かったのだ。年々仲良くなっているのが嬉しい。

あの兄弟は今頃どんな大人になっているんだろう。お互い、きょうだいの大冒険の2時間を共いに過ごした。いわば旅の仲間だ。もう会うことはないけれど、あの時に私は「伝える勇気と喜び」を体験させてもらえた。

チョコレートが溶けて柔らかった、弟の表情、お兄ちゃんの「ありがとうございます」、兄の隣から窓を覗き込んだ、雲の上での体験。

子供たちが緊張いっぱいで旅をしていたら、彼らの自立性を尊重しながら、安心して旅ができるようにサポートしたい。

旅の途中、「あなた」と「わたし」の出会いが混ざり合い、生まれる色がある。出会いは人だけじゃない、旅は距離の移動だけじゃない。

誰にも会わなくても、「わたし」という相棒とは毎日が出会いとすれ違いの冒険なんだ。つい忘れているけれど。
グラデーションとデザインが人生のキャンパスを彩ってゆく。

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