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入管法をめぐる最近の動向と真の法改正に向けて

全国難民弁護団連絡会議・弁護士 難波 満

M-netの2022年4月号の特集は「入管法をめぐる最近の動向と真の法改正に向けて」です。ウクライナ戦争を受けて、入管法改定案の再提出の動きが報じられていますが、本特集は現在の入管のあり方や政府案の問題点を広い観点から改めて問い直すものです。

本特集については別に、超党派難民議員懇談会会長の石橋みちひろ議員へのインタビューをnoteで公開しています。特集の他の記事についてはM-net本誌をご覧ください。

はじめに

2021年に政府から通常国会に提出された入管法改定案(以下「政府案」という。)は、3月に発生した名古屋入管でのウィシュマさん死亡事件を受け、メディアやSNSを通じた多方面からの反対の声の高まりにより、廃案となった(注1)。

しかし、現行の入管法をめぐっては、入管収容施設における長期かつ恣意的な収容、審査の独立性・専門性を欠く難民認定制度をはじめとして、直ちに改善されなければならない問題点が山積している。これに対し、法務省は、入管法改定案が廃案となった以降も、「送還忌避者」の問題が喫緊に解決すべきであるなどとして、早期に送還を促進させる法改定を進める意向を示している。

以下では、本特集の総論として、このような情勢をふまえ、政府案が廃案となった以降の入管法をめぐる動向を概観するとともに、真に必要な法改正とは何かをあらためて見ることにしたい。

長期収容問題をめぐる動向
〜収容の司法審査・上限の設定に向けて〜

政府案の審議の過程では、収容の司法審査や上限が定められていない入管法のもと、近年の仮放免を厳格化する入管庁の運用により、2年以上の著しい長期収容の増加や、収容・仮放免が何度も繰り返されるといった恣意的な入管収容の実態が問題となった。

政府案は、長期収容問題を解決する方策として、収容に代わる監理措置という制度を設けようとしたが、監理措置の判断は入管職員に引き続き委ねられる一方、監理人となる支援者に監理対象となる外国人の生活状況などの届出義務を課すこと等の問題点が指摘されていた。

入管庁は、政府案が廃案となった以降も長期収容の運用を継続しており、2021年6月末時点においても、コロナ対策で仮放免を積極的に活用するとされていたにもかかわらず、6ヶ月以上の長期間の被収容者は89人となっており、その内2年以上の被収容者は40人に上っている。

このような中、2022年1月には、イラン国籍のサファリさんとトルコ国籍のデニズさんが、司法審査もないまま入管に長期収容されたのは自由権規約に違反するなどとして、国に賠償を求める訴訟が提起された。

サファリさんとデニズさんの長期収容については、国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会が、2020年9月、上限のない収容や司法審査を受ける機会が与えられなかったことが自由権規約に違反するとして、恣意的拘禁に該当すると判断していた。これに対し、入管庁は、2021年3月、日本の出入国管理制度や運用に対する事実誤認があるとし、日本人と外国人との「ルールに基づく共生」という観点を強調して、異議を申し立てるという対応を行っていた。

しかし、入管法改定案が廃案に至った要因としては、ウィシュマさん死亡事件を契機として、人を収容するかどうかや、いつまで収容するかについて、入管職員が理由も明らかにせず、自由に決めてしまうことが許されていいのだろうかという問いかけに、多くの人々が敏感に反応したことが挙げられる(注2)。このような根源的な問いかけの前では、入管庁による異議申立ての内容は空疎なレトリックにすぎない。

長期収容問題の真の解決のためには、入管職員が収容の可否を自ら判断する制度ではなく、収容するか否かを裁判所が判断する制度を設けるとともに、収容期間の上限を法律で設定するほかないと考えられる。

難民認定制度をめぐる動向
〜認定機関の独立性・国際的な規範の確立に向けて〜

政府案の審議では、日本の難民認定率が著しく低い状況にある中、日本の難民認定基準が厳しすぎるのではないか、また、外国人の出入国や在留を管理する入管庁に難民を保護するかどうかの判断を委ねてよいのかがあらためて問題とされた(注3)。

しかし、政府案は、これらの問題点を解決する方策を示さない一方、送還を回避するために難民申請が濫用されているなどとして、3回目以降の難民申請等の場合には申請中でも本国に送還できるとする制度を設けようとしたことから、保護すべき難民申請者を保護されるようにすることを先行すべきではないかとの指摘を受けることになった。

政府案が廃案となった以降、入管庁は、2021年7月に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)との間で協力覚書を交換し、入管庁が難民認定判断の透明性を向上するために作成する「難民該当性に関する規範的要素の明確化」にUNHCRが意見を提示するものとされている。

もっとも、現在に至るまで、どのような検討がされているかやUNHCRの意見がどのように反映されるのかは明らかではない。日本の難民認定基準については、難民の要件である「迫害」や「十分に理由のある恐怖」について、独自の限定的な解釈を行っていることが指摘されているが、この明確化が国際的な水準に沿ったものとなるかどうかが懸念される。

こうした中、2021年9月には、東京高裁が、入管職員が難民申請者をチャーター便による集団送還の対象とし、不服申立ての棄却の決定を事前に知らせず、決定の告知と同時に収容して事実上第三者と連絡をさせずに2014年12月に送還したことが、憲法上の裁判を受ける権利を侵害した等として、国家賠償を認める判決がされた(注4)。

このような難民申請者の集団送還は、難民認定の担当部署と収容・送還の担当部署の入管職員が密接に連携しなければできない。2015年9月の第5次出入国管理基本計画において、チャーター機を利用した集団送還をより積極的に活用するとされていたことからも、入管庁の関連部署が組織的に違憲・違法な行為に関与していたといわざるを得ない。

こうした入管庁による送還の実態は、難民の保護を目的とする難民認定手続について、入管庁から独立した別の組織が行うものとすることが喫緊の課題であることを明らかにしている。

在留特別許可をめぐる動向
〜排除ではなく正規化に向けて〜

政府案では、在留特別許可を申請手続とするとされたが、日本での定着性、家族統合や子どもの最善の利益といった事情は積極的に考慮すべき要素として明記されず、また、1年以上の懲役刑等を受けた者は原則として在留特別許可をしないものとされていた。

政府案が廃案となった以降、入管庁は、2021年12月に「現行入管法上の問題点」と題する資料を公表したが、「送還忌避者」の前科の割合や難民申請者の誤用・濫用を殊更に強調する内容となっており、差別や偏見をいたずらに助長するものとなっている。しかし、日本で在留特別許可を求める人たちには、本国とのつながりをなくしていたり、日本に家族がいたり、幼いころから日本で生育して教育を受けているなど、それぞれに帰国を選択できないやむを得ない事情がある。

入管庁のいう「送還忌避者」問題の解決に求められているのは、こうした事情をそれぞれの人たちの生活の背景から抹消し、「送還忌避者」と一律にラベリングをして排除の対象とすることではなく、それぞれの事情をふまえて正規化の範囲を拡大することである(注5)。

おわりに

現在、政府は、2022年の通常国会での入管法改定案の提出は見送る方針で調整したと報道されているが、法務省の提出予定法案の「検討中」の項目に引き続き含まれているとされており、少なくとも近い将来同様の内容の法案が提出される可能性がある。しかし、これまでに述べてきたとおり、入管法において改定されるべきは、人を収容・送還する入管職員の恣意的な権力の行使を法で排するとともに、この権力を裁判所によって拘束すること、すなわち、入管法における「法の支配」(ルール・オブ・ロー)の確立にほかならない。

この点、2021年の通常国会に議員立法として野党から提出された入管法改定案・難民等保護法案は、収容の司法審査や収容期間の上限を定めるとともに、難民認定を行う機関として入管庁から独立した「難民等保護委員会」の新設、在留特別許可制度の適正化等を提案している(注6)。

今こそ真の法改正が求められていることを繰り返して、本稿の結びとしたい。

別表:政府案の廃案以降の入管法をめぐる主な動向

注1  政府の入管法改定案の問題点の具体的な内容や、これが廃案となった経緯や要因については、本誌216号の児玉論考を参照。
注2 ウィシュマさん死亡事件の詳細とその後の展開については、本特集の空野論考を参照。
注3 クルド人の難民の現状については、本特集の大橋論考を参照。
注4 東京高裁判決の詳細については、本特集の児玉論考を参照。
注5 在留特別許可によって求められる正規化の内容については、本誌209号の鈴木論考を参照。
注6 野党から議員立法として提出された入管法改定案・難民等保護法案の内容については、本特集の石橋議員のインタビューを参照。


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