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私の「私人」

この本は宝物、誰にとっても。
だから、読まれなければならない。

私が好きな本だと今さら語るのもおこがましいほど、それは崇高な頂きに在る。言葉に選ばれし詩人が辞退することなく、壇上で語った受賞の言葉。
言葉本来の意味を正しく美しく伝えられる、その計り知れない力と重さ。恐れられて然るべき、無知なものにもその凄さは底知れず響くから、かつて罪を着せられた。

この本で「文学裁判」なるものがあったことを知った。ひとたび掌に収まるほどの、この小さな本に出会えば、何故今まで知らなかったのだろうと後悔する。書店の書棚の隅に本当にあったのか、夢か魔法のように思えて、その本の表裏を改めて眺めたりする。扉を開けば、一粒一粒、宝石のような言葉が煌めき、時には泉のように溢れ出す。

1963年ヨシフ・ブロツキイ(1940−1996)は、定職につかない有害な「徒食者」として逮捕された。

裁判官「いったい、あなたの職業はなんです?」
ブロツキイ「詩人です。詩人で、翻訳もします」
裁判官「誰があなたを詩人だと認めたんです?誰があなたを詩人の一人に加えたんです?」
ブロツキイ「誰も」(挑戦的な態度はなく)「じゃあ、誰がぼくを人間の一人に加えたっていうんです?」
裁判官「でも、あなたはそれを勉強したんですか?」
ブロツキイ「何を?」
裁判官「詩人になるための勉強ですよ。そういうことを教え、人材を養成する学校に、あなたは行こうとしなかったでしょう・・・」
ブロツキイ「考えてもみませんでした・・・そんなことが教育で得られるだなんて」
裁判官「じゃあ、どうしたら得られると思うんです?」
ブロツキイ「ぼくの考えでは、それは・・・神に与えられるものです」
(引用 沼野充義訳)   

知りもしない後の天才詩人、弱冠15歳の少年ブロツキイが授業の最中にすっくと立ち上がり、嫌悪感とある種の爽快感を胸にそのまま学校を出て行く様がフラッシュバックする。

1972年ソ連より余儀なくアメリカに亡命後、1987年47歳でノーベル文学賞を受賞する。

「この地上でいちばん美しい街」と呼んだサンクト=ペテルブルグ(旧レニングラード)に彼は死ぬまで二度と帰ることはなかったという。

芸術は一対一に対峙して、人間をより私的なものへ導くと教えられたので、遠慮せず私も私人としてこの孤高の本を紹介したい。

http://gunzosha.com/books/ISBN4-905821-75-4.html

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