Naked Desire〜姫君たちの野望

第5回 メモワール-5

「お祖父様、なんだけどさ……」
「なんだい?」
「確かに晩年は、影響を窺わせる行動や言動が多かったけど、それでも皇太孫様のことは、最後まで気にかけていたと思うの」
「ああ、いわれてみれば確かにな」夫は頷いた。
「自分の意識がはっきりしているうちにと、皇太孫様を呼んで、二人きりで話し合っていたようだね」
「皇太孫様も、お祖父様の生きている時は、その教えを守ろうと努力していたわよね」 「でも、皇帝として即位してからは、いろいろと疑問のある事ばかりやっていた」
「うん、それはそばに仕えていた私から見ても、理解に苦しむことばかりだった」
私はそういうと、夫にブランデーグラスを差し出した。
「少し……くれないかな?」
「お前、飲めるのか?」
「うん……今日はなんか飲みたい気分なのよね」
私はグラスを差し出すと、夫は先ほどよりは少なめに、琥珀色の液体を注いだ。
芳醇な香りが漂う液体を、私は一口あおった。
「いい飲みっぷりだね」
夫はそう言って、私に笑いかける。
「先代の皇帝陛下って……」
「ん?」怪訝な顔をした夫の顔が、私の顔に近づく。
「結局、なにをやりたかったんだろうねって、考えることがあるの」
ああそうだね、と夫は私に合いの手を入れる。
「復古派の言いなりになったと思っていたら、実はそれは彼らを罠に嵌める手段だった」
「結局、自分を犠牲にして戦乱を平定したなんて……切ないな」
私は静かに、窓の外を見上げた。
「先代皇帝……お祖父様……あの二人は、どの星にいるのかな」
窓の外には、数多の星が瞬いている。
「どこにいても、あの二人はぼくらや国民を、優しく見守ってくれているよ」
「そうね」あたしは素っ気なく返答する。
混乱がおさまった今、そのことで憶測を巡らすことはしたくない。
むしろ今は、現状の問題点と将来あるべき姿について語り会いたい気分だ。
私は、夫を横目でチラリと眺めた。
「ねえ、あなた……」
「なに?」
「とりあえずさ、これからの国のあるべき姿について話さない」
それから私と夫は、これからのことについて語り会った。
私が一番気になるのは、復古派の動向だ。
内乱収束で、彼らの存在はほぼ壊滅したとはいえ、残党はまだ国内に散らばっている。
新体制が発足したのに、自分が希望するポストにありつけなかった人たちが、復古派と結びつく可能性だってあり得る。
こちらが気を抜いたら、復古派残党と新体制に不満を持つ輩が協力して、争乱を起こすかも知れないという不安は、新体制発足以来、私の心から消えたことはない。
「そうだな。その可能性はあり得る」
夫もそのことを気にしているのだろう。眉間にしわを寄せて、私に話しかける。
顔認証装置を強化した監視カメラを増設し、治安強化体制を強化すべきだと私はいった。
しかし夫は、それは明確なプライバシー侵害になるのではないかと反論した。
それをきっかけに、私たちはそのことで議論を重ねた。しかしお互いの納得する意見は、最後まで出なかったのは残念だ。
その後も私たちは、国の現状と問題点を話し合った。
夢中になって話し込んでいたら、時刻は23時を回っていた。
「オイ、もうこんな時間かよ」夫はいった。
「えーっ、話したいこといっぱいあるのに……」と、私は嘆息する。
視線を夫に向けると、夫はにやけていたように見えた。
「オイ、もうそろそろ……いいだろ?」
といいながら、彼は私の額に軽くキスをする。
「もうちょっと待ってくれないかな。それよりも、少し星を眺めていたい」
かなり熱を帯びて今後のことを話し合っていたので、夜景を見て気分を落ち着かせたかったのだ。
「いいよ。気が済むまで眺め入ればいい。僕も付き合うから」
2人は椅子から立ち上がると、しばしの間夜景を眺めていた。
それを見ているうちに、いつの間にか気分が落ち着いた。
気がつくと、夫は、私の掌を優しく掴んでいる。
私も、夫の掌を握り返した。
夫は、私を横目でチラリと見ながら
「そろそろ……いいかい?」
と問うてきた。
もちろん、夫の考えていることはわかっている。
「ねえ、それは別のところでやるべきでしょ?」
夫は両腕を私の背中に回し、私の身体を自分のほうに引き寄せた。
そして、私の唇に口づけをした。
「愛しているよ」
私も夫の名前を口にすると、耳元で「愛しているわ」とささやき、首筋に優しくキスをした。
夫は自分の首筋から私の顔を外すと、視線を寝室に向けた。そして顎をあげて、こっちに行かないかと促した。
もちろん、私は賛成の気持ちをこめて、両手で夫の手を握りしめた。
「ああそうだ、忘れていた」
夫はそう言うと、すぐさま視線をワゴンに向けた。
「あれ、寝室に入れるか?」
と私に尋ねた。

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