寝れるカモミール 11
山は、白い紙袋を持ったまま話し続ける。
「あの、あのね、あの日からまぜそば屋さんのまぜそばがなんだかちょっとおかしくてね、お店も休みがちになって、マカデミアンナッツは美味しくても、なんだかやっぱり違う気がして、ね、でもやっぱり、美味しく食べてたし、劣化とかじゃなくて、なんかちょっと違う気がするって感じたくらいなんだけど、でも、もはやあの人が作ったまぜそばを100%信じて求めてる自分がいるから相変わらず営業してる日は毎日食べてたのね、ね?」
このまま、山の話を聞き続けて理解できるだろうか。
「毎日まぜそば食べてたの?なんかやっぱ山ってそればっか食べちゃうみたいなとこあるよね!」
意味の無い相槌が反射で出る。
「うんでも、もうずっと閉まってるのまぜそば屋さん、月曜日から営業するって電話で言ってたのに、もう何日閉まってる?もうずっと閉まってる!」
「電話」
「でも忘れてたけどあの日だ、あの日からおかしい、忘れてたけど袋渡してきた人怪しかったし強引だったし、私が、私のせいだ、私が袋渡しちゃったせいでまぜそば屋さんになんかあったのかも・・・なんかあったのかも!!」
「電話知ってるの?かけてみれば?」
「お店にかけたの」
「ああ、でもかけてみれば?」
「こわくてできない」
正直なにが怖いのか私にはわからないけど怖いことは無理強いできない。
「お待たせ〜」
母とシタターンがワゴンで料理を運んでくる。それぞれ大皿に盛られた豆腐サラダ、麻婆豆腐、ゴーヤチャンプル、豆腐ハンバーグ、スンドゥブの入った寸胴と白米が炊かれた炊飯器。豆腐だらけのラインナップでたくさん作ってしまった。でも今、私は完全にまぜそばの口になっている。
「待って、だとしたらこの袋、危ないかも!!」
山がそう言いながら、袋を抱きかかえて急にしゃがみ込む。びっくりした。だとしたら?とは?
「え?大丈夫?お腹痛い?」
「痛くない!離れて!」
なぜ?
「どの袋?」
そう言って母が山の前にしゃがみこむ。
「リイさん離れて危ないかも」
「え〜うちに危ないものあったの?」
「これのせいかもしれないから」
「なにが?」
「まぜそば屋さんが」
「爆弾だったらとっくに爆発してるよ」
袋を抱え込んだのは、爆発を最小限にするためだったのか、母の言葉で気がつく。自己犠牲がすぎる。相変わらず全然ついていけないから観察に努めよう。母とシタターンがいるから安心だ。山が目を丸くして顔を上げた隙に母が白い袋を取り上げる。
「あ〜これね」
母が立ち上がって、シタターンに袋を渡す。
「あーこれ」
「うんうん」
「山ちゃん、これただのお茶よ」
シタターンが、山に言う。
「シタさんだ」
「ふふふ、シタさんだよ」
「お久しぶりです」
山がゆっくり、もじもじしながら立ち上がる。
「あら〜、山ちゃん背が伸びたのね〜私だけ仲間はずれみたい」
シタターンが同意を求めるように母を見あげて、母が微笑む。
山は久しぶりに会えたシタターンに何か言いたいのか、口を3回ほどパクパクさせてから何も言わずに結局閉じた。
「え、で?この袋がどうしたの?」
母が山に聞く。
「これ誰かにもらいました?」
山の質問返しにも動じない母。
「これねぇ、なんか公園でもらったんだよねぇ」
「変なやつに?」
「ふふふ、変なやつ、まあ変なやつだね、なんか寝不足だろとか聞かれて」
「やっぱり!!!」
「寝れてるし寝れてなくてもいらないって言ったんだけど置いてったから」
「飲んだの?」
「飲んだ飲んだ、し、飲まなくても匂いと茶葉で大体わかるよ」
山ちゃんも飲んでみる?と言いながら、シタターンがティーポットに茶葉を
詰めている。山は不安そうに頷いて、お茶を淹れるシタターンを見ている。そして、いつの間にかシタターンがワゴンから移動させたテーブルの上の豆腐料理たちにも気がつく。
「・・・豆腐祭り」
「そう、今は豆腐だと思って豆腐祭りにしちゃった」
「この前、ザーサイありがと」
「あ、あれ美味しかった?」
「うん、すごい美味しかった、豆腐専用って感じだった」
「そっか、ならよかった!」
家用にも買っておけば良かった。今日は山のために豆腐祭りだけど、自らすすんで豆腐を食べることはほぼ無いから買わなかった。だけど、きっと美味しいザーサイだったんなら白米にだって合うんだろう。
「まあ、とりあえず、食べよっか」
母が着席を促す。
「お茶淹れちゃったけど、ほんとにお茶で良かったかな?お酒もジュースもあるのに!まあ、でも配りま〜す」
シタターンが例のお茶をティーカップに注いでみんなに配ってくれる。母がみんなの米を盛り、私もみんなに取り皿を配る。山は慌てて底の深い取り皿に人数分のスンドゥブを注いていく。とても懐かしい。昔、よくあった風景。
「料理は全部ライさんが作りました〜」
「え、ライ、すごい」
「偉い!すごい!」
「いや、シタターンにかなり手伝ってもらったから!」
本当に。ノスタルジーで涙腺が緩みかけたけど、恥ずかしさでぎゅっと締まった。
揃えるわけもなく、いただきます、と、各々言って食べ始める。
山は、ティーカップを両手で持ち、恐る恐る一口飲んだ。
「・・・カモミールティだ」
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