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寝れるカモミール 13

「ね、普通のカモミールティでしょ」

シタさんがにっこり笑っています。
でも、もしかしたら、があるから。ライがせっかく作ってくれた豆腐料理に手を付けず、カモミールティだけを飲んでいました。ごめんね、ライ。なんの変哲もないお茶とみせかけたこの液体によって、まぜそば屋さんの身体に何か起きたのかもしれないから。もしそうなら身を持って体験したい。何か手掛かりが欲しいんです。

「あ、ねえ、あの花椒、麻婆豆腐に合いそうじゃない?」
「確かに!痺れ欲しいですね」
「とってくるね」
「あ、私が行きます〜」
「いいよ、座ってて」
「いや、ついでにクッキーもみたいから」
「じゃあ一緒に行こうか」
「うん」

そういって立ち上がったシタさんは私の方を向いて少し照れながら「昔、山ちゃんが好きだったイチゴ飴溶かしたやつ焼いたんです」と教えてくれました。

嬉しい、シタさんがよく作ってくれたあのクッキー。真ん中に赤いお花が咲いているステンドグラスクッキー。可愛くて美味しくて大好きでした。

本当はわかっています。

カモミールティは、ただのカモミールティなのでしょう。
リイさんとシタさんが私とライを危険に晒すわけがありません。
そもそも、まぜそば屋さんも見ず知らずの、しかも、かなり怪しめの人が置いていったものを口にするでしょうか。この家の人たちは勇敢すぎる。まぜそば屋さんは袋すら開けてないんじゃないでしょうか。

でも、じゃあ、どうしたらいいんですか。
どうしたら私は、まぜそば屋さんに近づけるんでしょうか。

「もしさ」

ライが2人きりになった食卓でぽつりと言いました。

「あのお店の配達入ったらすぐに連絡するね」

ライもいつだって優しいです。

「ありがと」
「なんかめちゃくちゃそのお店のまぜそば食べたくなってきた」
「奢る」
「えーいいの!?絶対ね」
「うん、絶対」
「やったー!楽しみ!あ、じゃあ、先にお礼あげちゃう」

ライがあの白い紙袋を私に差し出します。

「え」
「私のじゃないけど!これで逃げられないね!」

きっとまぜそば屋さんとは関係のないこの白い紙袋。でも、やはりこの袋に何か手掛かりが、と期待してしまいます。だってもうもうなす術がありません。いや、あります。もう一度電話したり、お店の前を張ってみたり。まだまだできることはあるはずです。でも妙にこの袋が気になります。

中身を取り出してみると、お茶っぱが入った缶、ティーパックが何枚か入ったパケなどと一緒に名刺サイズの紙が入っていました。
そこには「Oyasumi Nasai」という文字と電話番号、QRコードが印刷されています。

なんでしょうこれ、怖い。私が小心者だからでしょうか。やっぱりこの紙が同封されているお茶を飲んだリイさんとシタさんはどうかしています。褒め言葉です。勇敢が過ぎます。

「なにそれ」
「なんか、名刺?入ってた」

「へーなんか、、、うさんくさ」

「ね」

「え、あ、足りない?買ったりしたい感じ?そんな気に入った?」
「あ、いや違くて、その、まぜそば屋さん」
「あ、そっか、なんかさっき言ってたやつ」
「そう、」

「あ、これ配ってる人とまぜそば屋であったってことだったんだっけ?」
「そう、最初私が渡されたんだけど」
「うん」
「怖いから、まぜそば屋さんに渡しちゃったの」
「へーやっぱ仲良しなんじゃん」
「あ、いや、その日初めて喋ったんだけど、なんか流れで」
「へ〜〜〜、ご飯も美味くて優しい屋さん」
「でも、その日から、お店開くのがまちまちになって」
「あ!そういうことね!あ〜わかったそれでこれで爆発したんじゃないかってなってさっきの、あ〜〜そういうことね、やっとわかった」
「パニックパニックしてごめん」
「いいよいいよ、今わかったから」
「ありがとう」

「よし、じゃあ電話してみる?」

「へ?」
「それ!番号書いてあんじゃん」
「え、でも多分、や絶対関係ないよ」
「でも気になるじゃん」
「なにが」

「え、普通にこの人のこと。なんでこんなお茶配ってんのかとか、なんか、なんなのかとか」

「あ」
「だって意味わかんなくない?いきなり会った人に眠れてますか?って聞いてただのカモミールティ渡してるんでしょ?慈善活動?」
「いやなんかでも」
「まあ、ちょっとその危ない匂いはするけど、総じて気になる。」
「えー」
「私、この家に帰ってくるまで、本当にいろんなところに行ったし、いろんな人に会ったし、手足縛られて知らない車に乗せられたりしたこともあったけど、なんとか生きてるから、これくらいだったら絶対大丈夫だよ」
「は?」

「私もいるし、私なんかよりカマしてるあの2人がいるんだから、正直うちらに怖いものなんて本当に無いよ」

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