プールサイドと卒アルの話

高3の夏である。

仲良くしていたサッカー部のアベづたいに、アドレスを聞かれた。

背が高くて、鼻が高くて、かっこよかった。女っ気がなくていつも男子とつるんでいる、そんな人で、調子のいいアベとは真反対な感じがした。

面食いな私は、アドレスを聞かれて舞い上がった。しばらくメールのやりとりをした。

思い返せば、高2の夏、違うクラスの顔見知りの女の子から、「いつかちゃんって、彼氏おるん?」て聞かれた。うん、一応、と答えると、「ああ、そっか、なら大丈夫」って言われた。聞けば、内気な彼が、同じクラスの女子に探りを入れてもらったらしい。なんてもどかしい。当時付き合っていた先輩のことなんて別に好きじゃなかった、正直に答えるんじゃなかった、とその時の自分にイライラした。

遅れを取り戻そうと思ったわけではないけど、毎日のようにメールをしていた。彼のことを、むーちゃん、と呼ぶことにした。誰もそう呼ぶ人はいない、可愛くて好きだったからそう決めた。

むーちゃんは奥手だったけど、ある日の放課後突然、プールまで来てくれん?ってメールをしてきた。

私はトイレの鏡で何度も何度も顔やら髪やらを確認して、ひとりプールに向かった。

プールサイドには、色褪せた椅子がずらっと並んでいて、その端っこに、むーちゃんは座っていた。そういえば、ふたりで直接話すの、初めてだなあ、顔を見て初めて気づいた。

私の姿に気づいて、こっちを見たけど、彼は特に何か話す様子もなく、三脚くらい離れた椅子に私はちょこんと座った。

多分晴れてたと思う、虫が鳴いてたかな、なーんにも話さずに、ちょっと離れて座ってる、私は沈黙が苦手なので、どうでもいいことを喋っては、また沈黙になる。

この人、顔はかっこいいんだけど、何考えてるんだ、うーん、私、何しに来たんだっけ、と思いつつも、帰るとも言えない雰囲気で、どのくらい時間が経っただろう、むーちゃん、すくっと立ち上がって、「髙瀬さん、付き合ってくれん?」そう言った。

えっ?今???思わず笑ってしまった。

もちろんOKした。いいなって思った。

そのあと一緒に帰ることになったけど、付き合うことになったとはいえ、会話は相変わらず続かない。

カラスって、目合わせたらいかんらしいよ、とか、本当にどうでもいいことをずっと私は喋っていた。彼の顔を見ても、嬉しいのか楽しいのか全然分からなかった。

受験シーズンになり、授業も変則的になってきた。ちょくちょくクラスに会いに行くと、まわりの男子が冷やかしてくる。むーちゃんは男子とじゃれていつも照れている。そんな時間がたまらなく幸せだった。第三者がいないと、私がむーちゃんの彼女であることに、自信がなかった。

誕生日には香水をくれた。当時流行っていたエンジェルハートだった。わたしは分かりやすく喜んだ。その日、むーちゃんはギターを弾いていた。わかりやすい、学生の憧れを、ぎゅっとしたみたいな日だった。

結局うまくいかなかった。私がベタベタしすぎたらしい。二月ごろ、早々に振られた。

悔しくて、寂しくて、うじうじしていたら、あっという間に卒業の日になってしまった。その日、一緒に帰ろうってメールをしたら、彼は意外とすんなり承諾してくれた。

いつも一緒に帰っていた時にバイバイしてた地下鉄の入り口の植え込みのところで、「卒アルになんかメッセージ書いてや」って、お願いした。むーちゃんはまた、別に嫌がる風でもなく、私に隠すように書きはじめた。これ帰るまで見らんでね、って念押しして渡してくれた。そしてわたし達は別れた。

卒アルを握りしめ、駅のホームで、待ちきれずページを開いた。

卒アルの1番目立つページに、アベが、

「高校三年間、ずっと好きでした。むーちゃんより」

ってふざけて書いていた。その下に、

「高校三年間、ずっとあなただけを見ていました。むーちゃん(本物)」

って書いてあった。

あれからもう10年以上経つけど、あれ以上のラブレターはもらったことない。


彼も去年か一昨年か、婚約したらしい。

彼は、私と付き合っても別に楽しくなかったんじゃないかな。いつもそう思ってた。けど、卒アルのメッセージを見ると、いいんだ、間違ってなかったって、あの頃の自分が少し救われる。

同窓会で会うと、いまだに目を見て話してくれない。そんなむーちゃんを見ると、あのプールサイドを思い出すのである。


いつか

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