生まれた時からずっとある地元の中華料理店に行ってみよう
家、布団、テレビ、道路、街、電車、パイの実、ポケモン、1億人の大質問!?笑ってコラえて!。
これらは全部僕が生まれた時からずっと当たり前にあるもの。それが存在するのが当然で、“ある”ことをあえて認識もしてこなかった。
天に遣われ「80年間くらい世論調査をして来い」と命じられ、その4分の1を終えた今に至るまで、ずっとあって、今後もしばらくはずっとあるであろうものだ。
地元の中華料理屋。
これも生まれた時からずっと当たり前にあるもの。それが存在するのが当然で、“ある”ことをあえて認識もしてこなかった。
当たり前に存在するのに行こうともしなかった。
毎食何を食べるかで悩み、外食をするにしても「昨日はやよい軒に行ったから今日は控えておくか」「あの店はもう飽きてきたしなぁ」などと候補に挙がりさえしなかった。悩んだ末に2日続けてやよい軒に行くという選択しかして来なかった。
そんな中華料理屋に今日、一人で行くことを決意した。
キッカケは何も無く、ただたまたま今日はそういう日だった。365日×22年その乱数を引かなっただけで、今日たまたまその乱数を引いただけなのかもしれない。
その中華料理屋は自分の家から徒歩で行けるくらいの距離にあり、少し自転車で遠出をしようものなら毎度目に入るような立地にある。
前を通る時、その店はいつも不気味だった。人気(ひとけ)が無く、入口も薄暗く、食品サンプルは小汚かった。
そんな店に、今日、一人で来た。
12時半、明らかにピークタイムだというのに活気を感じず、店の前に立っても怪しい印象が拭えない。『食』というよりも『蝕』を扱っていそうな出で立ちだ。
本当に営業してるのか?
店の前を通り過ぎ、しばらくして立ち止まったところで営業時間を調べた。バッチバチに営業時間内だった。さっき開店したばっかり。ウェルカムタイムだった。
なんとか引き返し、20年で培った猫背を更に曲げながら再度店の前に立った。
薄汚い食品サンプルに目をやると、町中華らしい簡素なチャーハンが僕を見つめる。そして、その瞬間に感じる五目と油のエトセトラが空っぽの胃を強く刺激した。
(朝かにぱんだけじゃ持たないよな……)
意を決して入店。かにぱん入店だ。
するとビックリ。店内は意外にも明るく、お客さんもそこそこ入っている。“地元の中華料理屋”に抱いていたイメージと寸分違わないおばちゃんが席へ案内してくれた。
水とおしぼりを渡される。こういうお店のコップって大体これだ……。
なんとなく自分の中の見栄が作用してメニュー表を見ずに「焼き飯1つお願いします」とノータイムで注文。初めて行く店なのに変な小慣れ感を演出してしまった。
少し怖くなってメニュー表を見ると、「焼き飯」という商品は無く、いわゆるスタンダードな焼き飯は「五目炒飯」というメニュー名らしかった。
「焼き飯」という商品が無いのにも関わらず、そのオーダーをすんなり受け入れるあたり、普段からこういう注文が多いのだろうか。そういった点も含めて変な小慣れ感演出になってしまっている。
カウンターは全面に樹脂っぽいシートのようなものが敷いてある。勉強机を買った時に敷いてあるアレが経年劣化してみたいな感じのやつ。何のためか分からないしっかりとした謎のグリップ力がある。
ペンや紙束などカウンターの端に寄せた生活感が気になりながら、店内を見回すと、奥の方へ座敷席らしきものがあることに気付く。
座敷席、とは言うもののその実情は「畳&ちゃぶ台」で、あまりにも祖父母宅すぎるビジュアルにビックリしてしまった。薄く星一徹も見えた。
厨房に目をやると、“地元の中華料理屋”に抱いていたイメージと寸分違わないおじちゃんが料理を作っていた。この寒い中24時間テレビみたいな半袖Tシャツを着て、僕が注文した五目炒飯を一生懸命炒めてくれている。
ガコン、ガコンという中華鍋の音。自分より四周りくらい年上マダムの会話、そして『ひるおび』のサッカー特集。粒立った音の一つ一つが“地元の中華料理屋っぽさ”を演出している。
「おまちどう」という声とともに五目炒飯が届いた。
そう……こういうのなんだよな……最高のビジュアル。カウンターに敷かれた謎のグリップ力のせいで零れてしまったスープが気にならないくらい最高のビジュアル。
付け合わせのスープはよくあるとろみがあるタイプではなく、さらっとしたやつ。その分具だくさんでネギやニンジンなどたくさんの具材が入っている。嬉しいね。
よし、五目炒飯を食べます。
……。
ふーん、最高。
美味すぎる。本当に美味い。
チャハオタ(チャーハンのオタク)として数々のチャーハンを食べてきたけど、しっかり上位に食い込むレベルで美味しい。
シンプルな出来栄えながらもチープさは無く、その少し塩味の強い家庭的とも言えるような味は、温かさもありながら、同時にそれだけじゃない“中華料理屋としての意地”のようなものも感じるしっかりとしたものだった。
それはまるで家庭的なそれを追求した結果、意図せず店の味のレベルまで到達したかのような……みたいな、こういうそれっぽいことをつらつらと書いてしまうくらいには美味しいんです本当に。
正直舐めていた部分もあった。
薄暗い雰囲気で、まほうのせいすいが拾える赤い宝箱のみが置いてある小屋みたいなその店の雰囲気を正直侮っていたのだ。
しかし、文字通り蓋を開けてみれば、そこはそれなりに安く、それでいて結構美味しい中華の食べられる、“はがねのつるぎ”くらいは拾えそうな満足のいくお店だったのである。
レンゲに乗せた最後の一口をしっかりと味わいながら手を合わせると、僕は席を立ち、入口のガラスを突き破りながら風のように退店した。
微かに聞こえる「ちょっとアンタ! お代払いな!!」という声。僕はそれを無視してマントを広げ空を飛ぶ。
寒空を切って高く飛び上がり、白い息を吐きながら街を見下ろすと、マクドナルドの『M』の文字が目に入る。
それら一つ一つを線で結び、ピッタリ90度回転してみると『日本昔ばなし』の龍のイラストと全く同じになる。
(こんなことってあるんだなぁ)
大阪湾に着陸した僕は、胃の中から朝ごはんのかにぱんを取り出し海へと帰してやった。
(もう悪い大人なんかに捕まるんじゃないぞ)
僕はその場で号泣しながらムシキングの攻略動画をビリビリ動画に無断転載した。
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