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接客業って難しい、けど、楽しい。けど辛い。

もう無くなってしまったけど、以前働いていた店でのお客様のおはなし。

そのお客様は、痩せていて背が高く、ボロボロのスーツを着たおじさんだった。白いシャツは薄汚れて色が変わっていて、ジャケットは謎のシミだらけ。髪もボサボサで、手に持っていたくしゃくしゃの汚れた紙袋をカバンの代わりしているようだった。

「1名、よろしいですか?」

物腰の柔らかい人だったが、このまま入店させていいものか私は迷った。なぜなら、おじさんはすごく臭かった。我慢できないほどに。今住んでいる家の近くにホームレスの人たちが暮らしている場所があるのだが、そこと同じ匂いだ。

この店はお金持ちの人たちが暮らすエリアにある。ダーツやビリヤード、ゴルフなどを室内で遊ぶことのできる、BAR併設のアミューズメント店だ。商業施設の一角にあり、狭めのワンフロアには色々なゲームが並んでいる。

そんなキラキラとした店内に似合わない、鼻にツンと来る匂いが、受付カウンターごしに届いていた。

他のお客様のご迷惑にならないだろうか。

そんな考えが頭をよぎった。が、すぐに思い直した。平日の昼間。おじさん以外に客はいなかった。なんなら、店員も私1人だけだった。コロナの影響で客もいない、時短営業、人員削減でワンオペ、の静かすぎる店内。

「一名様でも大丈夫ですよ。」

断る理由がない。そう思った。

席に案内し、店内のルールを説明する。終始腰が低く丁寧な受け答えであったが、臭すぎて私はえずきそうになるのを必死で堪えていた。マスク着用必須でよかったと心の底から思った。
一通りの説明を終えると、おじさんは飲み物を注文(ワンドリンク制)しビリヤードを始めた。

ビリヤードには慣れているようで、店員の私から見てもかなり上手だったように思う。

おじさんが遊び始めて40分が経過した頃、私は不安になってきた。

お金は払えるのだろうか。

時間経過で遊戯料金を頂戴していくタイプの店だったため、すでに安くはない金額になってきている。
お金が足りないと言われたらどうしたらいいんだ...1人で対応しなければならないし、警備員を呼べばいいのか?やはりマネージャーに連絡を取り入店をお断りするべきだったか?など、いろんな考えが頭をよぎってすでに仕事どころではなくなっていた。
私の頭の中はおじさんのことでいっぱいになっていた。

「お会計お願いします」

チェックの声がおじさんからかかった時、料金は9千円ちょっとだった。

「これでお願いします。」

お会計でおじさんがくしゃくしゃの紙袋から出してきたのは、綺麗な茶色い封筒に入った一枚の1万円札だった。

なぜ、この封筒だけ綺麗なんだろう。
おじさんの大事なお金ではないのか。

いつもより重い1万円札な気がして、受け取るのに緊張した。

お釣りをお返しして、入り口まで見送ると

「本当に楽しかったです。ありがとうございました。」

そう私に声をかけ、おじさんは去っていった。
楽しかったのか。
おじさんの、きっと貴重で、大事なお金を使う価値がうちの店にはあったのか。
おじさんが去った後も私は色々と考えてしまった。

状況が違えばおじさんは入店を断られていたかもしれない。
私の対応が正解かもわからない。

あの1万円。
おじさんにとってどれほどの価値があったか私には分からない。

でも私にとっては忘れられない1万円になった。

接客業って難しいな、でもやっぱり人が嬉しそうにしていると私も嬉しいな、そう思った出来事でした。

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