オランダで心理専門家が考える:自ら行動できる子供と、行動につながらない子供
自分の思いを行動にする子供、行動にできない子供
子供が中学生や高校生になると、小さな頃の素直さがなくなり、あんなに母親に従順で忠実で「ママがが一番!(僕のもの)」とばかりに言ってくれていた彼らはどこに行ってしまったの、という、母親にはとても悲しい体験がやってきます。
返事の仕方は様々。ちょっと荒っぽい感じを演じているなら「うるせェ」、優しさを残していれば「はいはい」、母親はもう眼中の外なら「無視」というのもあるのかもしれませんね。悲しいです。
友達といるとあんなに話して、最高の笑顔まで見せるのに、なぜ家に帰ると無口でクールになってしまうのでしょう。「こらこら、母親も生きてるんですから、笑おうよ、母にも」という声も聞きます。
思春期になると、子供は親の声が聞こえなくなったかのように(または視野に入らなくなったかのように)情報の取捨選択、一番に切り捨てのように振る舞いますが、その心底は現実では子供一人で立派に立てているとは限りません。まだまだ生後まもない子ヤギのような危うい足元で不確かさいっぱいです。
学校という社会に全意識が向き、そこで「もっと認められたい」「何かにチャレンジして周囲をあっと言わせたい」なんて大きなことを考え始めていますが、実際は「で、どうしたらいい?」と頭の中がぐるぐるなんです。宇宙の謎レベルに不思議なのは、自分の思いや理想をそのまま行動に移す子供もる一方で、やってみたいと思ってはみても実際にはうんともすんとも行動に移せない子供もいるものです。一体なぜなのでしょうか。
行動に移す積極的な子供は、その心の中で自分では意識しているのかしていないのか、こんなやりとりが行われています。
頭:「生徒会員に立候補しよう」ー 心:「どうしたらできるか?」
頭:「(難しい)あの学校を目指したい!」ー 心:「戦略を立てよう」
一方行動に移せない子供の心の中でのやり取りは、このような感じです。
頭:「生徒会員に立候補したい!」 ー 心:「いやいや、それは無理だろう」
頭:「(難しい)あの学校を目指したい!」ー 心:「思ったものの、自分とは不釣り合いじゃないか」
このように頭では高みを目指したい、自分を試してみたい健康的な理想があるのに、心の中で無意識に自分の価値を否定してしまうのです。頭の中の声と心の中の声が矛盾していて、ぶつかり合っているのです。だから決心がかたまらない。この自分への否定が、努力への姿勢を阻んでいたり、わかっているのにやる意味を見出せない原因になっています。どうせやっても無理だし、自分にはそんな価値がないと決めつけてしまっているのです。
この心の中の声を心理学では「セルフイメージ」と言います。セルフイメージは自分自身の価値を本心(無意識)がどう感じているか、という自分の姿を言います。言うことは大きいのに、なかなか実際に具体的な行動に移せない子供はこのセルフイメージが低く、自己否定をしている可能性があります。この潜在的な思考が行動に影響を与えています。
セルフイメージの作られ方
セルフイメージは、それまで過ごした環境の中で養われていきます。例えば、厳しい親がどんなに子供が頑張った結果であっても「今日の頑張りは十分ではなかった」「もっと頑張れたはずだろう」と言い続け、「なぜできない」「なぜわかってくれないの」と問い続ける会話が考えられます。
このような親は、子供と自分が別個の人間であることを失念していて、自分の理想が子供と完全に共有されていると勘違いしてしまうのです。
子供にしてみたら、一生懸命一歩一歩、自分なりの努力で頑張っているのに、親の反応はそれを否定するような声ばかりになっているのです。親にとって何気ない小言の「〜しなさい」「なんで〜しないの」と言う問い詰めが、できていない自分がダメで価値がないと完全に否定しているように聞こえるのです。自分は一生懸命やったのに(やっているのに)、それには意味もなかったと暗喩しているように聞こえてしまうのです。子供の敏感さは成長とともにますます加速し、親ほ方は加齢とともに鈍感さがますます加速します。自分たちがあんなに敏感に過ごしてきた日々があった(あったはず)ことをすっかり忘れて、鈍感さを棚に上げて全てを知っているかのごとく傲慢に振る舞ってしまう。親の方も親としての自分を客観的に俯瞰する余裕などないのですから、誰もが経験し、自分と重ね合わせてしまうものです。
「わかってないなら、ほっといて」の意味
小さなうちは、子供にとって世界のルールは親が全てで、健気にもそれに応えることが子供の愛情表現であったはずなのに、思春期が近づくと子供は親が自分と違うものをみて疑っていない愚かさに気がつくのです。でも偉大な親に論破できるほど口は達者に慣れておらず、だから「何にもわかっていないくせに」「ほっといてくれ」となるのです。
困ったことに、この子供の自信のなさと不安定なセルフイメージはその後の人生に大きく影響を与えます。ことあるごとに、この否定されたセルフイメージはその顔を隠したまま心の底で絶えずその声を響かせ、子供の行動や意欲を阻止していきます。
なら、セルフイメージどう育てる
良くも悪くも子供のセルフイメージを育てるのは、親を中心とした親密性の高い人とのコミュニケーション、家庭の価値観、そして子供自身がその中で得た成功体験や失敗体験度で、それらがセルフイメージを高めるのも下げるのにも大きな影響力を持っています。
セルフイメージを高めるのに、遅いと言うことはありません。しかしながら、小さい頃から培ったマイナスのイメージがあまりに強いと、それを覆すのにはそれなりの時間がかかることもあります。それでも、一歩踏み出すと、自ずと別の足が前に出るものです。そして別の足が前に出て、ゆっくりながら前進する歩みとなります。ゴールまで遠く感じることはあっても、そこまでの一歩一歩を大事に進むことで、次第に親も子供も気持ちが軽く前向きになるものです。
その1 自分を大切な存在であると認識できるコミュニケーションを持つ
親がガミガミと小言を言い続けるのは、自分にとって否定されている姿であると受け取られてしまうと前述しました。ですので、「なぜできない」「どうして〜しない」と言う声かけをやめて、「どうしたらいいと考えている?」「あなたはどうしたい?」と聞いてみてください。
そして「あなたが決めた判断を全面的に支える(指示するのではなく、支持、見守ると言う意味です)」と伝えましょう。もちろん、親の思うように子供は進めませんから、間違ったり失敗したりします。そして、ここでまた再びセルフイメージを育てるチャンスがやってきます。
その2 プラスに向かう前向きなコミュニケーションを心がける
失敗した時にそれを子供の能力や人格のせいにするのではなく、「その方法には何か改善点がはないか」「違うやり方を試したらどうか」と促すのです。子供にとっては同じ失敗や間違いでも、自分を全面的に否定されたのではないので、方針の改善をスムースに受け入れ、成功に向かって努力をすることができます。
子供の近くにマイナスな発言ばかりする人はいませんか? 子供はたやすくその価値観を取り込んでしまいます。例えば、仕事をする父親は価値のある存在で、家事は母親がすればいいと言う価値観の家庭ではその価値観をそのまま取り込みます。それは学校でも、目立つ役割や成績を納める生徒は価値があって、雑用的な役割や成績が悪い生徒には価値がないと言う刷り込みにつながります。家庭での夫婦関係が悪く、言い争いばかり聞かせてしまうと、夫婦とは分かり合えない矛盾した存在であって、一緒にいると苦しいものと刷り込んでしまいます。もっと基本的な部分では、小さな頃に、雨の天候や田舎の風景を親が嫌うと、子供もそれが価値基準になります。男の子はこうあるべき、女の子はこうあるべき、というものも同じです。
親の使う言葉や態度はそれほど真っ直ぐに子供に届いてしまい、そこに自分を映しこむように子供の心の中で育っていきます。
親も悪天候も、失敗体験も、楽しんでみられたら良いのかもしれません。世の中は悪いことや否定的なことばかりではなく、それを受け取る側の意味の持たせ方次第で、それによって世界を映しだす色が違って見えることを教えてあげるのです。
その3 自分の努力が結果を生むことを体感する
小さなことでも、達成や完成させる習慣があるとそれが子供にとって「自分はできる感(自己効力感)」となります。小さなこと、とは、大々的な目標というほどのものである必要はありません。例えば最初は、「きちんと遅れず学校に行く」「忘れ物はしない」「宿題はきちんとする」などの日々の小さな達成で良いのです。お礼や挨拶ができる、そんなことも大事です。当たり前のことが自分の力だけでできているという感覚は、前向きな受け入れられた心の土台となり、その後の自分への信頼感に繋がります。
自分に信頼がある、つまり、これがプラスのセルフイメージです。失敗した時も、親や周囲がそのことへの「努力を認めてくれた」「自分で工夫した」「立ち向かった勇気をどれだけ認めてあげることができている」か、この他人からの承認が自身への自信になっていきます。
自分を大切にできる人は人に感謝することができる
セルフイメージが低いと、他人に認めてもらえなかった経験ばかりが心に残り、人に対して敵対心しか持つことができません。日常的なシーンで、立場の上下関係にこだわったり、威張ったりすることがあります。一方、育ちの中で肯定してもらい、受け入れてもらい、それにより自分が大切にされている存在だと感じられていると、その周囲に感謝することができるようになります。
他人に感謝し、その好意が返される関係になる(好意の返報性)ことで、自分も相手も大切に思えるために、社会で人と良い関係を気づくことができます。これが誘因となって様々な好意的なチャンスも引き寄せて行くのです。
もしすでに大人になってしまったとしてもセルフイメージを高めることができたら、親も試行錯誤で親として学び続けていたことを汲み取ることができるでしょう。きっとストンと親の失敗を許せて腹落ちするのではないでしょうか。親になるということは簡単ではないのですから。
執筆 淵上美恵
オランダにて企業におけるメンタルヘルス対策、各種セミナー、駐在員とその家族のメンタルヘルスケア、カウンセリング、スクールカウンセリングを実施
Global Wellbeing代表、組織心理コンサルタント、オランダ心理学協会認定心理士、日本ビジネス心理学会理事、スクールカウンセラー(小中学校)
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