腹腔鏡手術と日帰り治療

 腹腔鏡手術が日本で初めて行われたのは1990年であり、山川達郎医師による胆嚢摘出手術でした。1992年には日本で既に世界初の腹腔鏡下胃切除術が行われましたが、技術の難易度が高い事もあり、普及には至りませんでした。ところが2006年夏に慶応大学で王貞治監督の胃全摘手術を宇山一郎医師(現藤田医科大学総合外科教授)が行ったことをきっかけに、一気に腹腔鏡による低侵襲手術の知名度が上がりました。現在では、鼠経ヘルニアや胆石症など良性疾患の手術だけでなく、大腸がん根治術、胃がん根治術、食道がん根治術など悪性腫瘍の手術でも内視鏡を使った手術が一般的となってきました。

 医療費の削減は日本だけなく、世界各国の医療制度の中心的な目標となっています。日帰り手術は医療費の削減だけでなく、不要な入院コスト(時間や譫妄など入院特有の合併症)も減らせ、個人にとっても社会にとっても大きなベネフィットとなります。腹腔鏡手術の普及による外科治療の革新や麻酔技術の向上により、従来は入院が必要であった多くの疾患で日帰り治療が可能となりました。

 スペインで2004年1月から2019年12月までに鼠経ヘルニア根治術を受けた1,163,039人の患者を対象とした観察研究では、2004年に30.7%だった日帰り手術の割合は2019年には 54.2%と増加していました。(Salvador Guillaumes et al. Updates in surgery 2038-131X; 2022)

 アメリカのコロンビア大学で2020年10月~2021年10月で行われた前向き観察研究では、184人の大腸がん患者さんのうち29人に短期滞在(<24時間)手術を施行し、従来から行われている入院手術と同等の安全性であったと報告しています。(Kiran, Ravi P et al. Annals of surgery 276 (3) 562-569; 2022.)

 またCovid-19パンデミックにより多くの国で待機手術が延期となりました。中国の四川大学華西病院の日帰り手術センターでは手術患者さんの動線を整理することで、2020年2月11日~4月11日の間に大腸がん根治術を含む202件の日帰り手術を行ったが、治療行程の中で感染した患者さんやスタッフはいなかったと報告しています。(Lisha Jiang et al. Surgical innovation 28 (1) 53-57; 2021.)

 このように、低侵襲手術による日帰り治療は世界的な医学発展の流れといえます。治療効果と安全性を損なわずに患者様の負担を最低限まで下げる事ができる日帰り治療は外科手術の次の目指すステップであり、日本でも今後は徐々に普及していくと私は考えております。

MIDSクリニック   https://misc-sokei.com

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