「死に目に会いたい 」2
前述のとおり、これはなかなかそうもいかず…
かつてのAさんは、おむつを外しては投げたりと、何しろ元気いっぱいの方だった。月日とともに傾眠的になり、ケアをさせてもらいながら、やんちゃぶりを思い出しては口々に懐かしんだものだ。時々「やめろやー」「母ちゃあーん」と、いきなり大声をあげ、職員を喜ばせた。
DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)
=心肺蘇生をしない方針に同意を得ていたが、しかし、やはり死に目に会いたいとご家族が希望され、すでに何回か呼ばれてはかけつけていた。
夜勤の入り、心臓の動きはブルブルしていた昨日より緩やかに落ち始めていた。呼吸も変わり始めている。
今度こそいよいよでは…と確信し連絡をすると、いつものように子やきょうだいが続々と来院される。隣県から孫まで向かうと言うから、Aさん…今夜だよね…。と、ちょっと心配になる私。
「がんばって!がんばって!聞こえる?」と耳元で叫ぶ様子に、年配のヘルパーが渋い顔をしている。
モニター音を気にしながらも夕食配膳や下膳、トイレ介助と忙しくしていたが、一時間ほどすると「大丈夫そうなんで、私たち、今のうちに近くで夕食をとってきます」とぞろぞろ出て行かれた。
静かになった処置室でヘルパーさんが「もうがんばらなくてよくない?」とAさんの肩をなでる。「まったくね。もうじゅうぶん、よくがんばったよ」私はうすい髪をなでた。
重症者は複数おられるため、つきっきりとはいかない。
私たちがそこを離れた十分ほどあと、さらに脈拍が落ちはじめ、Aさ〜ん。今なの〜??と言ってはみたが、きれいにスッと旅立たれてしまった。
戻って来たご家族は、「オジイには最後までかなわんわ」と呆れていた。
お見事であった。
時を見計らっているのかなと思うことがよくある。誰もそれを証明できないが…だとすれば、見送る側もすこし救われるような気がする。