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座席番号の引きが功徳なら、私は前世釈迦だし、来世は虱。

高崎音楽祭が今年も無事に終わった。ずっと張りつめていた気持ちと身体の緊張がスーッと潮が引くように抜けて、帰り道の新幹線で幸せな気持ちと、なんだか魂が抜けるような気持ちと。ビッグバンドの星屑のような音と観客の歌声に圧倒された二日間だった。

2023年10月14日と15日の二日にかけて開催された高崎音楽祭の千秋楽を飾る『ゴスペラーズビッグバンド(GBB)コンサート』は、今年で7回目だ。運よく今年も二日とも賛歌することが叶い高崎芸術劇場へ出かけた。

今年は例年に無い坂ツアーの途中での開催で、自分自身も一週間前は「HERE&NOW」に賛歌していた。9月30日佐野公演は北山さんがコロナにかかり、ライブは延期になった。エンターテインメントに制約がかかる時期は終わったが、だからといってウイルスが無くなるわけではない。おりしもこの文章を書き始めた10月28日は、10月22日に山口のライブ途中でてっちゃんの不調によりライブが中止になった翌週だ。この一週間は眠りも浅く、心配したところでどうなることもないのに、仕事以外では気もそぞろで落ち着かなかった。メンバーが体調を崩すたびに、酒井さんの歌唱を工夫しながら、より素晴らしい歌声を聞かせてくれた道程を思い出す。きっと良くなると思うと同時に、ギュッと心が冷える。

豊橋の公演は無事に開催され、元気なてっちゃんの姿が見られたことに心からホッとした。そして、10月29日は多治見公演が黒ぽんの不調により中止となっている。目まぐるしく変化する日常の中でも、感動した事実はゆるぎなく変わらない。だからこそ文章に残しておこうと思う。

高崎の公演は久しぶりに芸術劇場のクロークがオープンし、コートが預けられるようになった。飲食店やお土産屋さんも盛況で活気にあふれ、今年も路上でラップやアカペラを披露する人たちでにぎわう。今年は酒井さんの推しパンを買いそびれてしまったが、お土産屋さんのローカルパン即売り切れは残念なようでいて、実は少し嬉しい。ブームは一過性のものではなく、土地それぞれの昔ながらの土産や名物として根付き、やがて峠の釜めしのようになればいいなと思っている。

コンサートの始まる前に、浮足立つのはいつも通りなのだが今年はふわふわの趣が違う。最前列の真ん中の席を引き当てたからだ。GBBは音の迫力や響きの美しさが堪能できるライブなのだから、席の場所は関係なく楽しい。しかしながら、それにしても。人生で初めて最前列の真ん中を引き当て、足が震えた。

開演前にイヤリングを高崎駅前のオーパで買い、芸術劇場のホワイエでスパークリングワインを注文して一息つく。カウンターでは景気よく、スポーンスポンとずっと抜栓音が響いていた。泡を飲むと優さんを思い出して、楽しさが増すというものだ。みると結構の数の女性がワインで開演前に乾杯していて祝祭という雰囲気に包まれている。

ゴスマニが注文しすぎてフルートグラスが出払い、途中から普通のワイングラスで提供されるスパークリングワイン(高崎芸術劇場にて)

開演前にもう死ぬもう死ぬといろんな友達にすがって着席し、立ち位置を記す蛍光のテープもがっつり見える席にめまいがした。緊張の面持ちで固まっていると楽器隊と笹路さんが現れ、いよいよ幕があがる。

幕開けのOvertureでキラキラとしたGBBサウンドに胸を躍らせた。自分の後ろから歓声が降るようにステージへ注ぎ込まれる。高崎音楽祭は開演前に観光したりお酒を飲んだり、友達と語らったりする人が多いため客席もほかほかにあったまった状態で歌が始まるのがいい。

今年もやっぱり『SING!!!!! 』で歌が始まる。近くで見ると、一人ひとりの表情がよくわかる。久しぶりに帰って来た歓声にステージ上のゴスペラーズも破顔一笑。高崎音楽祭の艶としたこげ茶色の衣装を見ると、高崎に来た!と思う。蝶ネクタイは少し窮屈そうだけど、キリッとした舞台に良く似合う。目じりの皺やうっすらと浮かぶ汗まで見える場所で、ゴスは本当に良い年の重ね方をしてきたんだなぁ素敵だなぁと見惚れた。楽しそうにキラキラとしたステージで鷹揚に笑いステップを踏む姿にじーんと感動する。

せっかくなのでいろんな人を見ようと、GBBの人々にも目を向ける。一番後ろの席のトランペットの方々がとにかくずっと楽しそうで、見ているこちらもつられて笑顔になる。

一番前の大きなサックスの奏者は女性だった。バリトンといえばスカパラ愛の男・谷中さんが浮かぶので、対比してほっそりとした女性が吹いているとそれだけで驚き、ときめいた。今年は去年とは違う方が参加されていたり、お久しぶりの方が帰ってらっしゃったりと後ろを見て/聴くのに大忙しだ。曲によってはサックス奏者がフルートを吹いたり、いろいろと楽器の持ち替えがあったりして、見どころが多い。

2曲目のイントロで客席がザワザワとし、メロが分かった瞬間にキャー!ぉおおぉお!と歓声が上がる。おそらく原曲よりもスロー。艶めかしい曲調に驚く『Summer Breeze』だ。体がゆらゆらとうねるように揺れるリズム。目の前の北山さんが悩ましく体を揺らし、リズムに合わせて体を動かしていると一緒に踊っているようで夢心地だった。

高崎音楽祭ではゴスのオリジナル曲も笹路さんの手によりアグレッシブにアレンジされ、まったく違う雰囲気で私たちの目の前にやってくる。原曲の『Summer Breeze』は爽やかな夏の始まりを感じさせるが、高崎音楽祭の同曲は大人っぽく、笹路さんのスペシャルレシピでアルコール度数がグッと高い歌に仕上がっていた。

3曲目の『永遠に』は、去年は聞けなかったので2年ぶりだった。本当に高崎音楽祭の永遠には別格に好きで、優雅なトロンボーンの音と黒ぽんのいつもより、ほんのひとさじだけ抑えた、♪あなたの風になって…の部分が大好きで毎回、うっとりと聞いている。黒ぽんは迫力のある歌声がそれは素晴らしいのだけれど、だからこそ少し抑えた感じの歌い方が色っぽくていい。

『約束の季節』は少し左右に揺れながら、明るい陽だまりの空気の中で音に身を任せるのが気持ちいい。♪いつか言葉を聞かせてその心まで…でふわっと明るい照明になるもの美しい。明るいおだやかで優美な音にふんわりした気分になるのはここまで。次からが笹路正則の真骨頂ド級Sスコアが続く。

『Silent Blue』は静寂と緊張感に満ちた曲だ。年少二人が主メロを歌い継ぎ、夜明けと夜更けの中間、深いブルーの海を泳ぐ二匹の魚のような愛の歌。ゴスの音源であればその親密感を表現するために、余白を残し観客に世界をゆだねるが、GBBではその親密さの裏をホーンで強く照らし、「何も言わなくていいよ、言わせなくていい」という、愛するが故の静けさを言葉以外の音で表現する。特にこの時の優さん、北山さんの対比が美しい。言葉をつむぐことが好きな北山陽一は自分の唇を親指で撫で、口を引き結んでうつ向き項垂れる。その横で作品としてだけ観客と対話する安岡優は、会場の人々の唇を人差し指でふさぐ。相手を黙らせる男と自分が口をふさぐ男が深いブルーの光に照らされて暗転。闇に消える演出だ。こればかりは、高崎音楽祭のあのホーン隊が無ければ表現できない世界と言えると思う。

暗転から少しだけ目を薄く開けると、懐かしいイントロが流れる。会場からは悲鳴ともうめき声ともつかない声が上がり、『八月の鯨』が深い海からこちらを眺める。この2曲のセットリストは本当にドラマチックで、まるで映画を見ているようだった。原曲では、鬱屈した青春の失恋が歌われているが、高崎バージョンは陰気な浮遊感があってもう戻れないような気がした。特筆すべきは安岡優の治安が悪い表情だ。暗転よりは少し明るいくらいの舞台で俯き歌う姿。実は信じられないくらい悪い顔をしていた。自分が悪いとわかっていながら、腹が立つなぁと残酷なことを考える男の顔で歌っている。薄目をあけて、足元より少し上を眺めて。相手を見下し自分すら否定するようなニヒルな表情がたまらなかった。いつもの明るい優さんとは全く別人のような顔をしていて…大変…だった。あんな顔するんだな。悪い顔だな…好きになってはダメな雰囲気だけが漂っていた。

八月の鯨はもともと北山さんの推し曲。ビッグバンド形式の苗場はよーちゃんが欠席していたので、てっちゃんが高崎に残しておいた歌だ。気だるく複雑な構造の曲をビッグバンドでやるならどうするんだろうなという答えが「治安悪くやりますよ、ええ。そういうの好きでしょ君たち」という笹路さんのSいところがまたいい。本当に、本当に最高。

『Sky High』でようやく海から上がり、明るい日差しを再び浴びることになる。ラフマニノフありがとう。手拍子で盛り上がり深呼吸する。クラシックが原曲になっていると、やっぱりたくさんの楽器が入る余裕というか、行間が大きくて寛ぐ。

『Fly me to the disco ball』はたくさんの金管から飛び出す音が目に見えるようで美しい。きらめく星が音になって降り注ぎ、その真ん中で酒井さんが幸せいっぱいの顔をして歌っているところが大好きだ。この曲でライブが終わることもあるが、中締め的に真ん中に来るとライブそのもののストーリーが倍になるようで良い。

GBBのサウンドとともに、高崎音楽祭ではアカペラのコーナーも楽しい。去年に続き今年も曲数が多く、バラエティに富んでいた。『浪漫飛行』『八木節』『Asterism』『ひとり』でいつものゴスペラーズに酔いしれる。今回特別だったのは、『八木節』の江利チエミさんバージョンだ。その時、その空間を盛り上げるようにと即興のように作られ披露される歌詞が楽しく、また稽古不足をてへへと歌う感じも、ゴスバージョンと一緒であったかい空気がして好きだった。『Asterism』は星屑の街と対をなす珠玉のハーモニー曲として、これからもあちこちで披露されるだろう。ゴスとファンのつながりだけでなく、時代や世代を超えて明日を連れてくるような美しい曲は、辛いときや悲しいときに聴くと音の星が心の中で明滅し、染み入るように心に響く。

アカペラの後に続くのは、笹路さんとのピアノセッション。ここで披露された『アフタースランバー』には驚いた。新曲のほとんどを高崎音楽祭に持ってきていることになる。披露してないのは『XvoiceZ』のみになった。『アフタースランバー』は、原曲の青春の1ページを思わせるあたたかな雰囲気とは違い、透明な恋を歌う北山さん/優さんの切なさがピアノで際立つ。より親密で澄んだ空気が劇場に満ち、二人が並んで歌う姿はサイレントブルーで感じたやるせなさとの対比が良かった。

この後は『My Favorite Things』『Isn't She Lovely?』の名作劇場になるのだが、やはり『My Favorite Things』の美しさに今年も胸を打たれる。特に♪Snowflakes that stay on my nose and eyelashesのとき、酒井さんの目元と鼻にそっと指をあて、睫毛や鼻先に振る雪の結晶を上品なマイムで教えてくれる姿に胸がキュッとなる。

高崎音楽祭はビッグバンドを後ろに抱え、いつも通りダンスやステップも披露されるので華やかで楽しい舞台なのだが、しっとりとハーモニーを歌うときやカバー曲のときのスッとした立ち姿を見るのもMy Favorite Thingsだ。

ここから始まるのが灼熱の後半戦。『いろは2010』では、いままで上品な執事のようにたたずんでいた酒井さんが下手に移り、北山さんを見つめる。北山さんがバンドの音をまとめ、酒井さんに放り投げると、体全体で受け取って音の渦の中を一人駆けだしていく。毎年最高にかっこいいピークがここに来るし、今年も爆裂恰好良かった…。なんであんなに、上品な人がこんな獣みたいに吠えられるんだろうと震えながら舞台を見あげる。

今回は色んな人を見ようとしたが、ここからは本当に酒井さんしかほとんど見てない。無理。全然無理。あまりにも素敵すぎて手拍子も忘れて魅入っていた。歓声が飛び交う舞台は、その声に応えるように舞台上の人々のボルテージは上がっていく。酒井さんの場合は、目を見開き見得を切る歌舞伎役者のようで、いろはの最後の「ん」が痺れるくらい決まってた。

そして、『Mi Amorcito』である。残酷なくらい良かった。イントロでは何の曲が全く分からず、黒ぽんが歌いだして分かった。リズムが原曲とは全く違って気づけなかった。悲鳴をあげて隣の友達に縋りつく。おそらくサルサだと思う。ラテンリズムにアレンジされた『Mi Amorcito』は原曲よりもより、セクシーに仕上がっている。本当にひどい。あんなのは無い。笹路さんには本当に、もうなんにも言えない。すごく…いい。大好きです。

♪いっそこのまま狂いたい!のときの頭を一つ振り、愛を振り切るような酒井さんの顔があまりにも、ぶっささって、吐き捨てるような固い表情が良すぎて、

失神した

信じられないくらいあっさり落ちた。なんとか友達に助けてもらって、立ち上がると5人が振り返った瞬間で、目の前にバチバチに決めた酒井さんが立っていて普通に白目をむいた。二日目で分かったのだが、下手で♪狂いたいの後、軽くステップを踏んでで中央へ帰ってきて(ここは失神して初日は見えてない)5人並んで後ろを向き、振り返った瞬間に正気を取り戻し、視界いっぱいの酒井雄二のキメ顔で念入りにもう一度死んでいる。その後は、酒井さんは足元を見ながら伏し目がちで歌って…本当に足元を見ているので自然自分のほうを見ているようで、クソ虫のような自分を見下ろしているように感じて、最高だった。

正直、こんなクソ虫オタクムーブをするつもりは全くなく、どちらかというと音楽祭に似合うようにシュッとした恰好で出かけているのに、中身が本当に気持ち悪いオタクすぎて人生を丸ごと反省した。もう二度とない席についたのに、今生の修業が足りなかった。でも、本当に『Mi Amorcito』のラテンアレンジは素晴らしかった。サルサだと思うけど、拍の取り方が独特で揺らめく炎のようなリズム感がセクシーだったなぁ。後ろを向いて、優さんがカウントをとるところも最高だった。

ふらふらと立ち上がり♪一つになるのさ!で正気に戻り、『一筋の奇跡』が始まった。初日は呆然としていたけれど、去年は歌うことができず拍手だけでレスポンスを返した歌だった。この歌が始まったときの会場からの声で会場全体が鳴るような音量だった。♪一つになるのさ!の声。らららで歌う瞬間は会場全体が声を上げる瞬間、やっぱり涙が出た。

『終わらない世界2009』はブルーグレイの年長二人の掛け合いに笑いながら、ふわーっと多幸感に包まれて羽が生えたような気がした。ふらいとぅすかーい!の時に手拍子したり踊ったりするのって、なんであんなに楽しいんだろう。最後、ふらいとぅすかぁああああいで締めるときに、てっちゃんの指先をみて、どこまで音を伸ばすかを図るのも楽しかった。

最後、美しいハーモニーで明日の約束を交わす『青い鳥』『星屑の街』。

キラキラと美しい時間が金色の空気に溶けていく。

優美で繊細な音、セクシーで情熱的な愛を歌う声、純粋で透明な恋をつむぐ瞬間、そのどれもがこのコンサートに凝縮していた。

来年も高崎音楽祭にはゴスペラーズは登場する。
千秋楽の1日前に発表された未来の約束に思いを馳せる。

それまでに、色んなことがあるだろう。

もしかしたら、すこし距離を置くことだってあるかもしれない。だけど、地獄のような長い時間をともに過ごそうと今日は思う。

その好きだという今日を一つずつつなげて、明日を待つ。

だから、きっと大丈夫。坂の途中で休憩するなら、
横で景色を見ながら、待ってる。登り始めたら後ろから応援しようと思う。

そうやって、今日と明日をつなげて
未来を信じていきたい。

まずは次のコンサートの無事の開催を祈って。

おしまい。


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