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「えぇ?!諏訪まで走るの!?」


旅の始まりは、ゴスペラーズのシアトリカルライブ「ハモれメロス」のとあるシーンを見たところまでさかのぼる。

物語の始め、カオルが諏訪で行われる妹の結婚式へ行くために、テツヤをアンザイたちに預けて旅立つ。見張り役としてカルロスが随伴するのだが、カオルの横をカルロスが鼻歌交じりにチャリンコで伴走する。カルロスが「妹さんの結婚式はどこであるの?」と気楽そうに問うと、カオルが「諏訪。妹の結婚式なんだ」と答える。そこでカルロスが驚き叫んだ。

「えぇ?!諏訪まで走るの!?」

ここで、東京から諏訪までの距離感がつかめる人とつかめない人がいる。新宿に3時の電車に乗らなくちゃ今日中の到着には間に合わないと言われても、あんまりピンときていない私は後者だった。東京から諏訪までお金がないから、カオルは走るんだなぁと思っていた。するとカオルは

「そんなわけないだろ」と自転車を降り、カルロスにカツカレーをごちそうになって、列車でもお弁当を食べまくり、二人で歌の練習しながら諏訪を目指す…。

ずっと、諏訪ってどこにあるんだろうなとぼんやり思っていた。4、5年ほど前、ユタソロの後に高尾山の山頂ビアガーデンに行くため、八王子に泊まった。その帰りに石和(いさわ)温泉にちょっと行こうと言いだすくらい私は信州の土地勘がさっぱりない。長野と山梨の境目もいまいちわかってない。

そこで、何も知らない関西人が、東京の大学で青春を過ごした彼らの足跡をたどって諏訪湖を目指し電車の旅へ出かけた。


朝の諏訪湖23度の涼しさ

2023年8月11日

「モナリザ」が終わり、夜中まで部屋で話した早朝、すがすがしい朝だった。友達をおいて、7時すぎに東京を出発。良いライブだったなぁと思うと同時に、かみ砕き消化するのに時間がかかるだろうと思っていたので、一人でずっと考え事ができる電車旅はうってつけだと電車に乗る。中央線に揺られていけば到着するが、ハモれメロスのカオルたちはどうしていただろうか。

現在は特急あずさに乗れば、松本まではわりとスムーズに着く。カオルは電車賃だけ残してバス代をカルロスに借りている。おそらく鈍行でゆっくり行ったのではないだろうかと普通電車で長野を目指す。山の日の朝は祝日ということもあり、座れないがラッシュではないくらいの車内。ぼんやりと窓の外を眺めながら物語を思い出す。あの話はわりと不思議なポイントが多い。例えば、カルロスはなぜギターを盗んでしまったのか?最終的に自分が盗んだと話すが、別に欲しかったというよりも、何か満たされないような青春のルサンチマンのような。描かれていない裏設定があるのかなと思いながら、東京の電車に揺られていた。

東京駅から八王子あたりまでは乗り換え案内に次々といろんな電車が出てきて、目まぐるしく人と電車が行きかう。スプラトゥーンのクイズを何度か見て、高尾駅で降りると少し空気がひんやりとしていた。

路線図や地図を広げているだけではなかなかわからないが、東京は想像よりも広い。そして、外へ向かうとスッと電車の本数が減って、田舎のほっこりした顔を見せてくれる。八王子と高尾あたりはその境目のような気がする。黒沢さんの育った街は東京の顔をしているけれど、どこかのんびりとしていて。なんだか黒ぽんっぽいなぁと思っている。

高尾駅では手作りのおにぎりとあんこの入った回転焼きを買った。駅で次の電車が来るのを待って、モナリザで得たクソでか感情を持て余して泣いたり、ハモれメロスのことを思い出したりしていた。

高尾駅の駅舎。高尾山および真言宗の名刹「高尾山薬王院有喜寺」から高尾と名付けられた。

電車で揺られながら、譜面を見ただけで歌いだすカオル。弁当を食べながら何を思ったのだろう。車窓からは美しい夏山とブドウ畑が見える。東京のゴミゴミした風景から郷里に帰る間、工場で働きながら音楽で一発当てたいという気持ちと、信州はいいなぁと思う気持ちがあったのではないだろうか。道中、カルロスと歌って音楽の話をすることや、テツヤ以外とのハーモニーもきっと新鮮に響いただろう。カオルがテツヤの元へ戻ろうと思ったきっかけの一つは、道中の歌練習もあったのかなと想像したりした。

ブドウ畑に感動しているが写真はいまいち

上諏訪は駅を降りてすぐ諏訪湖があり、その周りは温泉街になっていた。昼の諏訪湖はすがすがしく美しい。普段から湖は見慣れているが、静かな湖面は眺めているとやっぱり落ち着く。


諏訪湖はスワンが案内してくれる。

物語の終盤、カルロスが「こんなタキシードまでいただいて」と礼服で東京へ帰って行くが、もしかしたらカオルは老舗の温泉宿や料理旅館、名士の子だったのかなと想像したりした。礼服をスッと着て帰ればよいと渡せる程度のお金持ちはから出奔したカオルは、音楽をあきらめれば実家の稼業なんかを継ぐことができたのかもしれない。

大きな温泉付きのホテルが立ち並ぶ

ぬるい温泉につかって、昼の光にきらめく水面を見る。静かな湯にもやもやとした気持ちも溶けていくような気がする。おそらくコロナ禍はあと数年続く。それを終わったと言わず、違う形で受け取って日常を過ごさなければならないなと考えていた。

夕方まで少し眠って、諏訪湖の夕日を眺めに出かける。美しい夕景に言葉をなくし、結局2時間くらい座っていた。こういう時に、優さんのソロアルバムはぴったりで、特に「ふたりきり」は夕景に会う。ほかにもいろんな曲を聴いた。切ないという気持ちを感じるときに私は幸せなのかもしれない。もどかしくやりきれなく、悲しくていとおしい気持ち。花火が最後にあがりバースデイソングを聴いて、誕生日を一人お祝いをして湖を後にした。

夕焼けがずっと綺麗だった諏訪湖

2023年8月12日

この日は、ハモれメロスの題材になった走れメロスの原作者、太宰治ゆかりの温泉に出かけて、ライムスターのDさんが案内していた武田神社へ向かう。甲府駅に降りると、とにかく「あぁ…武田信玄公大好き街なんだな」と感じた。とにかく信玄桔梗と信玄餅があちこちに見られる。出雲のときは、須佐之男命が何柱もいらっしゃったが、甲府は信玄公だった。

駅前におわします信玄公

小高い山の上に城があるわけでなく、駅前に石垣が残り神社にも遺構が残る。神社の御利益は「勝運」のご利益が挙げられる。勝負事に限らず「人生そのものに勝つ」「自分自身に勝つ」というご利益を戴かれるとよいとのことで、コンペとチケットの勝ちをお願いして神社を後にする。

生まれて始めて食べたほうとうが本当においしくて、これだけ食べにまた甲府に行きたいなと思っている。よその土地に行くと麺、味噌、醤油、酒に感動することが多い。


カボチャがほくほくして美味しかったほうとう

太宰治ゆかりの温泉は、喜久乃湯温泉という銭湯のようにフラッと寄れる名湯だ。ぬるいお湯とすっきりとした泉質が夏に入るのにぴったりという温泉。新婚時代に太宰治はここに通っていたそう。2階には寛げる広間があり、甲府に泊まってのんびり広間で太宰作品を読むのもよさそうだ。

優しいお湯で知られる。これなら毎日入りたいと思わせる。

甲府から関西まで、中央線を名古屋まで行く。車窓は暮れなずむ山と関西に比べて少し早めの夕日が帳を呼んでくる。山の間を縫うように川が流れ、山深い景色が続いた。旅の終盤の乗り換え駅で、「木曽の中乗りさん」という看板を見つけ、木曽節を思い出した。

木曽の中乗りさん

木曽の酒は飲む機会が無かったので、そのうち木曽にも行きたい

江戸時代、木曽の深山では杣人(そまびと)が木を伐りだし、その木材は川幅が狭く流れの速い木曽川を一本一本流し尾張藩まで届けたという。その木材の真ん中に乗っていた人が「中乗さん」という説が有力です。命を懸け危険な木曽川を下ったその時代のスーパーマン。

https://nakanorisan.com/nakazen/nakanorisan-histor

旅の良さは好きなものに会うこと。それは間違いないけれど、行って初めて分かることや知ること出会うこともやっぱり楽しい。

ハモれメロスを振り返ってみると、カオルは居場所が無い田舎を飛び出して歌を始めたけれど、いい年になったら郷里へ帰ったかもしれない。美しい自然に帰り、里心がついてテツヤを迎えにいくことを一度ためらう、妹思いのお兄さん。だけど、実は汽車に乗れば東京までは半日程度。迷ってやっぱり東京へ帰って行った。

カルロスはアンザイから少し離れ、山々の景色を眺め
、田舎のあたたかな空気の結婚式に出席して、ふと自分の起点のようなものを思い出して、私がやりましたと告白をしたのかもしれない。案外、カオルとカルロスは馬が合いそうだ。

車窓の緑が眩しい

そんなことを考えながら、山々が美しい土地を後にした。

諏訪から東京は、汽車でも半日。走るのは切り立つ山を行くことになるので、走るのは流石に無理だなぁと思いながら、酒井さんの郷里あたりを夜の電車で通り過ぎる。

日本は狭いようで広く、広いようで狭い。

次の旅は千葉・東金。
さて、どこへ行こうかしら。

おしまい。

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