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音の海、光の渦

群馬県高崎市で毎年秋に開催されている高崎音楽祭。ゴスペラーズは7年前から「ゴスペラーズビッグバンドコンサート」として、出演している。プログラムの巻頭では、日本で最も美しいハーモニーを生み出す5人組と評され、「誰よりも高崎音楽祭を愛するグループ」と紹介されている彼らのライブに今年も訪れた。

大変な時期を駆け抜けた「まだまだ行くよ」ツアーが8月初旬に無事に終わり、黒沢さんと優さんのライブも成功を収め、秋口のツアーは新潟からスタート。秋のゴスペラーズは何かと華やかだ。

去年は本当に緊張感があって、ライブに行ってもいいのかしらと少し不安な気持ちになった高崎音楽祭。去年とは少し周りの環境も変わっていた。全国からゴスペラーズのファンが集まり、高崎市を散策したり友達とランチを楽しんだり、酒井さんがテレビで紹介されていた、フリアンの味噌パンを買い求めたり。ライブ前に待ち合わせて、友達とアクスタと一緒に楽しく過ごす人たちの姿がSNSをにぎわせる。

よーちゃん、オレンジのだるまさんですよ。

第33回を迎えた高崎音楽祭は、過去最多の17組のアーティストが高崎市のあちこちでコンサートやライブを行った。高崎市自体が音楽の街として知られ、駅前の自由道路の雨風が当たらないところに、路上ライブ専用のスペースが設けられたりしている。

高崎駅前の看板。毎年これを見たらワクワクする

高崎駅を降りると、路上で歌うバンドマンの少し調子が外れた声が響き、顔もほころぶ。駅の中のお土産屋さんもにぎやかに、絶メシで知られる地域ということもあり、激辛スパゲッティを探すテレビクルーがペデストリアンデッキでアンケートなどを行っていた。

街中にフラッグが飾られ、お祭りムードを盛り上げる。

ゴスペラーズは前日の10月8日に新潟の長岡で開かれた「米フェス」に出演。トンボが飛び交う涼しい山間で、美しい歌声を響かせてきた。この少し前にNHKでは響歌の第三弾が8K放送で放映され、そこでも披露された「アルデバラン」や「たしかなこと」などが歌われた。秋風に乗って響く歌声は、初見の人も魅了し、ゴスマニが「ゴスペラーズ良かったね…」とアイドルファンの人々が口々に言うのを、耳をダンボにして聞いていたそうだ。

その次と次の日、10月9日と10日の高崎には、新潟から入った人も少なくなく、長い音楽の夢に揺られて幸せそうな空気がコンサート会場に満ちていた。

高崎駅では毎年ここで待ち合わせ。

もう、ゴスペラーズが笹路さんと音楽祭に出て6回目になるという。私は初登場から全ステージを拝聴しているが、今年は特にアカペラ曲も多く、バラエティに富んだ構成だった。

今回は初日をかなり前で聴くことができ、二日目は会場の一番後ろで聴くことができた。音を聴き比べ、仔細に舞台を見られる幸運。本当に今から思っても素晴らしい体験をしたと思う。

まずは今年、笹路さんのドSといっても差し支えない「これ、これがいいだろ?」というこれでもか、これでもか?あ??というような、物騒アレンジに気が付けたのが最高だった。あんなの死体蹴りじゃない!とキレながら、音に殴られて呆然とへたり込んでいる人もいた。特に『Silent Blue』の火力。思い出しただけでも胸が苦しい。

もともと、北山さんと優さんの見せ場がこれでもか、これでもかと続く曲であるが、曲のラスト、畳みかけるようにホーンが切ない空気を盛り上げる。ブルーの光を受けて、やるせなく、歌い上げる声。北山さんの今にも感情が零れて涙を流してしまうのではという表情、優さんの悩ましいダンスに目を奪われていると、ラストのピアノ音で、優さんにスポットライトが集まり、指先がトンとブルーの空気に触れると暗転する演出だ。

もともとドラマティックな歌ではあるが、ホーンセクションと笹路さんのドSピアノが入ると、心が締め付けられて胸が痛いような世界観が構築されていく。

そういえばと別の曲も?と、耳をそばだてていると、ゴスペラーズの音を邪魔しないようにというような引き算の音ではなく、もっと、もっと、もっと。盛り上げたり、緊張感を増したり。時には観客を突き放して、歌声で抱きしめるような構成の曲ばかりだった。

高崎音楽祭に出かけると、いつものライブとは違う種類の感激があったけれど、それが「何か」は分からず、毎回、恋に落ちたような心持ちになっていたが正直、この気持ちがなぜ起こっているのかはさっぱり分かっていなかった。ひたすら胸苦しく、切なく、やるせない。

映像として見られるのは「sound inn S」で披露された数曲だけ。しかもノーブルなサウンドの『永遠に』やワクワクと楽しい曲や名曲のカバーだったので、気付くのに6年もかかった。

笹路正徳氏、色男なんだよなぁ。女心を翻弄するアレンジなんて、痺れる。あの人のアレンジに私はずっと恋していたんだけれど、それに気づいてなかった。はぁ好きだわー。死ぬほどカッコいいわ…。と今は恋心を自覚しているけれどジャズマンに恋したところでロクなことがない。高崎音楽祭まであと1年、長い…と寂しく秋空を見上げている。

だって、今年『Recycle Love』無かったし!!無かったし!!!!!『永遠に』も!!!無かったし!あの煌びやかな音の中で歌い上げる黒沢薫が大好きなんだよ…!

恋心とはいくつになってもままならぬものである。やれやれとMCで一息つくと、笹路さんのピアノ伴奏の『Sounds of Love』である。セルフカバー曲と言いながら、ほとんど小野Dと同時に世に出た曲は、隔たれた恋人だけでなく、人々を優しく繋ぐ寿ぎの歌ともいえる。ソロシンガーの小野Dはハーモニーとともにスタートし、ゴスは酒井雄二の歌声のみで幕を開ける演出もいい。

一人の歌声からスタートするこの曲は、原曲の煌びやかな音ももちろん素晴らしいが、ピアノだけの伴奏で聴くと、歌声の輪郭が際立つ。酒井雄二作の曲は、ピアノ伴奏の時はしっとりと作者が歌いだす。曲の始まりが少し低めなところも小野D曲の雰囲気があって、こんなに美しい人間いるのか…とうっとりと聞き惚れた。シンプルに響く歌声で、酒井さんの真摯さや素直さを感じ、そのあとのてっちゃんの歌声の強さ、優さんの柔らかさなど各人の個性が際立つのも、笹路マジックなのかもしれない。

この後、例年であればリーダーからのバンドメンバー紹介なのだが、今年は趣向を変えてほかの4人が紹介することになった。

実は初日、酒井さんがバンドメンバーのお名前を失念されて、ご紹介に手間取ってしまい、しょんぼりされていた。舞台上でカメラ目線も、ロマンティックな表情も「俺は歌っているときは、表情を作ったりとかできないタイプでして」と話してらしたことがあったけれど、いいんだよぉ歌がハチャメチャうめぇからよぉとファンは思っている。ご本人は、失礼なことをしてしまった…と、本当に本当に申し訳なさそうなお顔をされていた。失敗した猫さんのようで、あまり見るとプライドが傷つくだろうから目をそらす。

そういえば、『Recycle Love』のテレビで生放送の時も、手が震えるほど緊張されていたが、見事に歌いきっていたし、『VOXers』のファーストテイクではあまりにもかっこよすぎるルーパ使いでファンを増やしたりしていた。

長いことゴスペラーズを見ていると、歌詞を間違えたり振りを間違えたり、舞台から落ちそうになったり、見切れていて映っていなかったり、インスタで見えてるよ!よーちゃん!とみんなに突っ込まれても「えー、そんなに騒がないでよ笑」と言ったりしている。旅先でファンに迷子になったと間違われて、タクシーを回されていたのはリーダーの村上てつやだったりする。そのどれもがCDを聴くだけでは知ることが無いチャーミングな瞬間だ。

そのあとの、英語のカバー『Isn’t She Lovely』『My Favorite Things』2曲の美しさたるや。とかく、北山さんと酒井さんの英語の美しさに息をのむような出来栄えだった。完璧。特に『My Favorite Things』は、世界的に愛される曲でありながら、その美しさと緊張感のあるアレンジ。笹路さんの魔法でディズニー映画を見ているような心持になったものだった。

そのあとの、『いろは2010』である。この時の酒井さんの鬼気迫る顔。鬼神が歌っているようだった。雲霞のごとく音の光の粒がうねり、暴れ、空気を光らせる。雷のようなホーンセクションのど真ん中でドカドカと足を踏み鳴らし叫ぶ鬼。

本当に、魂が抜けるくらい恰好良かったのだ。

私はちょうど下手の通路側にいて、前に誰もいない状態で4人から離れた酒井さんのつま先からふわふわと音に揺れる髪の毛までを見る位置にいた。あの歌はとてもテンポが速く、自分で足を踏み鳴らしテンポキープしながら、音の一番前で叫ぶ歌だ。目線は床へ、もしくは誰を見るともなく、前列の通路当たりに視線を落として歌っている。漂う目線はやがて、定まり歌へと集中していく。その刹那。

鬼が、こちらを睨みつけた。

ギラギラとした空気を纏っていながら、目はとても冷静だった。眉をしかめ歯を食いしばるように音を絞り出す。息をひそめて、体を小刻みにいろはのテンポに合わせて揺らしていると、もう一段ギアが上がる。大型の肉食獣に首根っこを踏まれているような緊張感があり、目が離すことなどできなかった。

曲の最後はシューズの先にライトが当たり、ジャケットが翻った。手のひらを大きく広げ、風切り音がするような勢いでバンドを振りかえる。前へ、前と走る獣が、自分のタイミングで「ウン!」と叫ぶと、少し顎を上げてガッツポーズ。

汗が飛び、ライトに照らされキラキラと光る。拍手の中、ホッとした顔で4人のいる上手へ歩を進めた。

しょんぼりとうなだれていた猫は母語ではない曲を完璧に歌いこなし、何度歌っても体力がいる曲を歌って鬼神になり、そして人へと戻っていく。

約束の季節で、陶然と歌に合わせて揺れながら酒井さんを見上げる。ほっこりとしたような眉に少しほっとしたりした。二日目のラスト、リーダーがバンドメンバー全員の紹介をする。前橋出身!と出身地を織り交ぜるなど、カンペを見ることなく危なげなく紹介する姿は、さすがリーダーとカッコいいやら、ずるいやら。誰がどうミスしたところで、ここで回収するつもりだったのかもしれない。

村上てつやはバンドメンバーが客席にお辞儀するタイミングもぬかりなく指示し、夢のような二日間を綺麗に締めくくった。

思わぬハプニングもあったけれど、
それもまた今日だけのチャームだと思う。
別に氏だけでなく、
高崎はわりといろんなことが起こっている。
ハプニングを起こした人は、ほかのメンバーと一緒に上手く回収し、
素晴らしい歌声を毎年聞かせてくれるのだ。

やっぱりゴスペラーズのライブは面白い。

感動して泣いて、MCで爆笑して。
初披露の曲にハラハラしたり、
上手くいったことを一緒に喜んだり。
たった二日の奇跡に立ち会う特別なひと時は
今年もやっぱり

飛び切り良かった。

今年は両日とも満員御礼だった。
上の方までぎっちり入った観客は、
声を出さないライブにも慣れ、
拍手や手拍子、少し大きめのリアクションで舞台上に感動を伝えている。

酒井さんが小野Dのラジオで「背中を押されているようでした。声を出さなくても客さんの楽しんでいる雰囲気が伝わってくるんですよ」と話されていたけれど、本当にその通りなのかもしれない。

今回のセットリスト、『一筋の軌跡』と『愛の歌』が入っていた。どっちもみんなで声を合わせて楽しむ曲だけど、今は手拍子で盛り上がる。

一番後ろの席で見た一筋の軌跡は、♪一つになるのさ!に合わせて手が上がり、音に合わせてたくさんの指先が揺れていて、思わず涙した。愛の歌もみんなでハモる曲だけど、手を挙げて盛り上がった。

去年は、立ち上がることもできなかった。

ロビーで見つけた友達に声をかけるのも躊躇った。

ホテルでご飯を食べ、おっかなびっくり旅に出てライブに賛歌していた。

迷いに迷って来なかった人もいた。

来られなかった人にはチケットは全額返金もできる配慮がされていた。

そう思うと、今年はなんと音楽に没頭できる時間だったことだろう。
笑って、泣いて。くつろいで参加したからこそ、アレンジの妙にも気づけた。

あとはもう、ワンピース。

「カッコいい!」とレスポンスできる日が
見えてきた気がする。
もう、そんなに遠くないのだとしたら、
その日まで、指折り数えて待って居よう。

そして、立ち止まる日があったとしても、
この2年で身につけた、静かに楽しむことを続ければいいだけの話だ。

焦らず、一つずつ。
できるようになったことを数えて、明日のライブを楽しもう。

いつかまた、一緒に歌える日が来るのだから。

おしまい。

高崎芸術劇場にて。


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