連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第4回

マリアは小さく生まれた。そのせいか、乳の飲みがあまり良くなく、半年を過ぎた頃には体重が少しばかり減ったことがあった。義妹は初めての子育てで悩みも多く、姉のミッチーに相談して来た。
ちょうど盛夏の折から、義妹の家族が住む都内のマンションのいっしtはクーラーが効いているとは言っても寝苦しい。ミッチーは都内のマンションに居るより鎌倉の我が家の方が赤ちゃんは寝やすいだろうと助言して、我が家に義妹母子を呼び寄せた。鎌倉は海岸端だけに、日中はともかく朝晩が涼しくなるからだ。
それから、静かだった広い洋館に再びマリアの泣き声が響き渡り、庭の洗濯物にマリアのオムツが混じって風に旗めくようになった。
ミッチーは再び、通いの大島さんに週5日ほど手伝ってもらいながら、乳の飲みが悪いマリアの栄養状態を考え、離乳食をどんどん進めることにした。ミッチーの思惑が当たって、マリアは重湯を好んで良く飲んだ。夕方から涼しくなる我が家でよく眠れるのも手伝って、すぐに三分粥へと進み、マリアの体重は順調に回復して来た。秋の気配がする頃にはマリアは、赤ちゃんらしく丸々と肥えていた。
マリアが肥えて来るに従って、我が家に来た頃に不安げで自信がない面持ちだった、義妹も次第に明るさを取り戻していた。
都心にも秋風が感じられる頃になったある日、義妹は僕にはもちろん、大島さんとミッチーにも丁寧に礼を言って、マリアとともに帰宅した。
マリアが丸々と肥えて健康そうになったこと、義妹が生来の明るさを取り戻したことが、何ものにも代え難い褒美だと僕らは感じていた。
それからも義妹母子は月に一度ほどは我が家を訪れて、マリアの顔を見せてくれた。ミッチーは電話でも義妹とよく話していた。初めて掴まり立ちをした、初めてコップから水が飲めたと報告があると、僕たちはその度に、まるで我が子の成長を喜ぶように喜んだ。
マリアは小柄で赤ちゃんの割には細身で頭も小さかったせいか、一歳の誕生日を迎える前の月に、自ら一歩踏み出すようになった。それから程なくして二、三歩は歩くようになった。
だが、お座りをすることはまだなかった。「なんだかおかしいわねぇ。そろそろお座りをしても良いはずなのに。マリアちゃんはハイハイして行って、そのまま片手で何かいたずらしてるのよ。」子育て経験が豊富で、3人の我が子の他にもお世話もたくさんしている、大島さんの言葉を聞いてミッチーの心の中に不安が募って来るのだった。
3月の初め、マリアの初誕生日を我が家で祝うことにした。大島さんの手筈で一升餅を老舗の和菓子屋から取り寄せた。ミッチーに手伝わせて、大島さんは心尽くしの祝膳を整えてくれた。旬の真鯛も尾頭付きで綺麗な塩焼きになっていた。
義妹夫婦はもちろん、ミッチーの両親も我が家にお招きした。聞けば、夫婦が暮らす都心のマンションには、ミッチーの実家から初節句の祝いで贈られた、雛人形が飾られているという。写真で見せられたガラスケース入りの人形は、立派な金屏風を背景にした、古風な装束の立ち雛だった。
「マリアはみんなから愛されてるわね。」ミッチーはそう呟きながら、ワンピースを着せられて真剣な表情をしている、マリアを抱き上げて頬ずりした。
マリアは訳が分からないまま、義母から一升餅を背負わされた。大島さんを含めて皆んなが見守る中、マリアはそのまま一歩踏み出して座り込んだ。わーっと拍手と歓声が上がった。マリアはどうやら背中に背負った一升餅の重みで、へたり込んだようだ。
僕たちは和やかな雰囲気に包まれて祝膳を囲み、麗らかな春の日が暮れて行った。

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