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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第6回

ミッチーはマリアを伴って月に一度か二度、藤沢駅近くのデパートの食料品売り場で買い物に出かける。その日も季節の旬の果物や魚をあれこれ物色していた。雛祭りが近いことも手伝ってか、デパートの食料品売り場は人出が多く、ごった返していた。
ミッチーは夫から頼まれて買い付けた御使い物をショッピングカートに載せて引いていたので、注意深く人混みを掻き分けながら、マリアと一緒に通路を進んでいた。
立ち並ぶ洋菓子のガラス製のショウケースには、可愛らしい一対の雛人形をデコレーションしたショートケーキや、一対の雛人形の周りを豪華にデコレーションしたホールタイプのケーキがいろいろ並んでいた。ミッチーとマリアは愛らしい雛人形の様子や、桃の花や葉を模した鮮やかな配色に目を奪われた。ミッチーは思わず歩みが遅くなり、大きなホイールタイプのケーキを指差しながらマリアに「見て、あのお雛様、マリアちゃんの小さい頃にソックリよ」と言った。
突然、ミッチーは「危ない」と叫ぶと、マリアと共にショウケースの前で歩みを止めて固まってしまった。すると、幼稚園の年長組くらいの体格の女の子が勢いよく走って、ショウケースの角をミッチーとマリアの側に曲がって向かって来た。【ああ、良かった!女の子とぶつからずにすんで】ミッチーとマリアはフーッと大きくため息をついて、目と目を合わせてニッコリした。すんでのところで、女の子との衝突が免れたのだ。ミッチーとマリアがあのままショウケースのケーキに見とれて余所見をして歩いていたら、ショッピングカートごと、女の子と衝突していただろう。たぶん女の子は衝突の衝撃で跳ね飛ばされ、怪我をしてだろう。ミッチーとマリアも反動で衝撃を受けていただろう。もしかしたら衝撃で手を離してカートがガラス製のショウケースに突っ込んでいたかも知れなかった。
それを思うと、何事もなくて本当に良かったと、ミッチーは胸を撫で下ろした。
当の女の子はとっくにどこかに走り去って、人混みの中に紛れて姿形が見えなくなっていた。
ミッチーとマリアは、どちらともなく思いを口に出していた。
「今、あの女の子が出て来る前、ショウケースの向こうに白いボールが見えなかった?あのボールはあの女の子だったのかな?」
ミッチーもマリアも、色取り取りの華やかな大小のケーキが並んだショウケースの向こうに、白いボールのようなものが弾みながらすごい速度で動いていて、こちらに向かって来るのが感じられたからだ。
その白いボールがショウケースの角を曲がると突然、あの女の子の姿が現れた。その間、実際はわずか数秒だったと思われる。その数秒が、二人には数十秒から1分くらいに長く感じられて、歩みを止めて、身構えることができたのだった。
ミッチーは、マリアといると本当に不思議な出来事に遭遇するものだと思った。
マリアといて不思議な出来事に遭遇したのは、それだけではなかった。

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