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連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第11回

僕には三つ年上の従兄がいる。大手証券会社で長年勤務した後、独立して株取引のアドバイザーをして生計を立てている。
その従兄が久しぶりに僕のところに遊びに来たのは、マリアが5歳になった夏の盛りだった。鎌倉は海にも山にも面しているので、従兄は学生時代から証券会社に勤務していた頃は毎夏、よく遊びに来ていた。
「やあ、広ちゃん久しぶり。元気にしていたかな。といっても、毎週雑誌で連載小説が掲載されているところを見ると、順風満帆ってところだよね。」従兄はゴルフ焼けなのか、健康的に日焼けした小麦色の肌を流れる汗が光っている。まだ11時とはいえ炎天下の中、駅から徒歩で10分足らず、歩いたせいだろう。
従兄はまだ、僕のことを子どもの時の愛称で呼ぶ。
「おかげさまで。連載もまあまあといったところですよ。従兄さんもお元気そうで何より。」
「こんにちは。お従兄さん、遠いところをようこそいらっしゃいました。駅からだいぶありますから暑かったでしょう。まあ、玄関先ではなんですからお上がりください。」すかさずミッチーが合いの手を入れて、応接間に案内した。
「鎌倉は相変わらず、人出が多くてびっくりしたよ。特に江ノ島駅では芋を洗うような混みようで。」
「海水浴シーズンは日中、いつもあんな感じですよ。夏休みは親子連れで、平日でも賑わってますから。」
「まったく夏休みは俺も家族サービスで、参るね。」
「それは元気で何よりですが、お従兄さんところは男の子が二人ですから、夏休みはエネルギー持て余しちゃって、大変でしょうね。さ、こちらにどうぞ。」ミッチーが、奥にある椅子を勧めながら言った。
「こんにちは。初めまして。マリアです。」従兄が席に着くとミッチーに促されて、
マリアが挨拶した。
「やあ、初めまして。おじさんは、お父さんの従兄の稲垣です。マリアちゃんは挨拶がちゃんとできて偉いね。いくつかな。」
「5つ。」マリアは少し恥ずかしそうに言った。
「ご挨拶できたから、奥で遊んでいらっしゃい。」マリアにそう言うと、ミッチーは、従兄に冷えたおしぼりと麦茶を勧めた。
ミッチーは会話の頃合いを見計らって、奥に引き払った。
奥で遊び始めたマリアが突然、呟いた。
「お母さん、稲垣のおじさんは大金持ちなのね。でもね、あと少ししたら、お金は必要のない世の中になるのよ。」
「え。稲垣のおじさんが大金持ちだって、マリアちゃんはわかるんだ。あと少ししたらお金の必要ない世の中になるの、マリアちゃんはそう思うのかしら。」
「うん、わかるよ。稲垣のおじちゃんは大きな赤い車と小さな黄色い車を持ってるし、お家も涼しいところにあるよね。もうじき、お金が無くても必要な時に必要なお金が手に入って来る、そういう世の中になるのよ。」
それを聞いて、ミッチーは驚いた。従兄の稲垣さんは真っ赤なフェラーリと黄色いフォルクスワーゲンを愛用している。軽井沢に別荘も持っている。そんなこともマリアはお見通しだった。
「そうしたら、お金の心配をせずに済むのね。」
「うん、お金の心配はしなくて良いの。したいことがあったら、なんでもできるの。」
「マリアちゃんは何がしたいのかな。」
「マリアはいろんな場所に大きなお家を建てたいの。そこでいろんな人が一緒にご飯を作ったり食べたりするの。ワイワイ言いながら、楽しく暮らすの。」
「え、いろんな場所に大きなお家を建てて、そこでいろんな人と一緒にご飯を作ったり食べたりしたいのかな。」
「うん、マリアはいつも同じところにいるわけじゃなくて、いろんな場所に建てた大きなお家を回るの。」
「そうなんだ。できたら良いね。」ミッチーはマリアのことを見ながら、面白いことを言い出したと思った。従兄の稲垣さんのこともお見通しだったマリアが言うからには、お金が必要なくなる日が来るのも、そう遠くないのかもしれない。
マリアは、いろんな場所に大きな家を建てると言っている。いろんな人と一緒にワイワイ言いながら、ご飯を作ったり食べたりすると。
マリアはいつの日か、本当に日本各地に大きな家を建てて、いろんな人たちと共同生活を送るのかもしれない。それは農業をしながら自給自足の生活を送るのだろうか。まだマリアは幼いけれど、もう少し成長したら、いったいどんな夢を描くようになるのだろうか。ミッチーはマリアが将来成長したら、もう一度聞いてみたいと思った。期待で胸が熱くなり膨らむような気がした。

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