連載小説 マリアと呼ばれた子ども 第8回

マリアは10歳になった。小学校に通っていたら四年生である。近所の子どもによると、マリアは天使みたいに優しいそうである。一緒にいると犬猫はもちろん、小鳥や時にはカラスまでマリアの側に寄って来るという。
たしかに、この前、ミッチーとマリアと一緒に公園に散歩に行った時も、散歩中の犬たちもたいてい、マリアのことを見つけると側に来たがった。中には、リードを引っ張って制するご主人様のことを振り切って、半ば強引にマリアの側に来る犬もいた。豆柴は、マリアと僕たちが近づいている時に地面に伏せて、前足に顔を載せてしまった。そのままマリアが行き過ぎるまでしばらくの間、ジーっと地面に寝そべっていた。「ごめんなさいね、いつもこんなことないのに、おかしいわね」と、飼い主の女性が豆柴のリードを軽く引っ張りながら言った。
僕たちは公園のベンチに腰掛けて休憩していた。赤い首輪を付けた黒猫が僕たちの側をそーっと通って行った時も、わざわざ立ち止まってマリアのことをしばらくの間、観察するように眺めていた。
「マリアは犬や猫の目には、いったいどんな風に見えるのかな。マリアを観かけると必ずと言って良いほど、わざわざ立ち止まって、ジーっと観察するみたいに眺めてるよね。」
マリアが僕たちから少し離れた時を見計らって、そう僕が呟くと、ミッチーは短く答えた。
「ええ、ジーっと観てるわよね、マリアのことを観察するみたいに。ふ、ふ、ふ。きっと犬や猫にはオーラが見えるのよ、人のオーラが。マリアのオーラが他の人たちと変わっているから、つい観察してしまうのよ。」
「そうか。どんな風に変わってるのか、聞いてみたいな。」
「先生は当時、連載小説を二本抱えておられて忙しかったから、覚えておられないかも知れないけれど。。。」
ミッチーはいまだに僕のことを先生と呼ぶ。マリアの幼い頃を思い出すように、ゆっくり語り始めた。
「マリアは少しの間、幼稚園に通っていた時でした。バス停の近くの、あの角のところに通園バスが送迎に来てましたよね。一緒に通園バスを待っていたご近所の奥さんたちの一人と、マリアたちがバスから降りてきた時、ちょっと立ち話をした後でした。マリアが、こう言ったんです。【あの青いスカートを履いてたオバさんは、もの凄く怒っていたよね、顔はニコニコしていたけど】って。」
ミッチーは続けた。
「マリアに聞いたんです、あのオバちゃんが怒ってるって、どうしてわかったのって。そしたら、【だってあのオバちゃんの頭の上のところから、大きな紅葉みたいな赤いものが出ていたから。あ、怒ってるんだってわかったのよ。ニコニコしているけど、本当は怒ってるんだって】マリアがそう言ったんです。驚きました。マリアが言うオバちゃんの頭の上のところから出てる、大きな紅葉みたいな赤いものって、オーラですよね。」
僕は、マリアがまだ幼かった頃、ミッチーからマリアの不思議な能力について話を聞かされたのを、薄っすらと思い出した。ミッチーは続けた。
「先生は、マリアが小学校にも入学式からしばらくの間、通っていたのを覚えておられますよね。ある日、マリアが言ったんです。【お母さん、学校の席を替えて欲しいの。だって黒板が見えにくいんだもん。】黒板が見えにくいって、字がボヤけて見えないのかなって聞くと、【ううん、違うの。前に座っている子たちの頭の上から出てる色がいろいろ重なって、黒板の文字が見えないんだ】って言うではありませんか。もう驚いてしまって。。。」
マリアはそんなこともあってか、入学式から10日もせずに学校に馴染めないマリアは、まったく通わなくなっていた。
「そうか。。。ミッチーが言う通り、犬猫には人のオーラが見えるのかも知れないね。」
僕たちの目の前で、マリアは子どもらしい細く高く、けれどもよく響く声で、優しく何か歌い始めた。何処からともなく、一羽また一羽と鳩がバサバサと羽音を立てて舞い降りて来た。マリアの肩に止まったり、マリアの目の前に着地して、マリアの歌声に聞き入っていた。
いつのまにか、マリアの周りは鳩だらけになっていた。マリアが歌い終わると、鳩たちはまた空高く舞い上がって行った。後に一人残されたマリアには不思議と鳩のフンは無く、綺麗なままだった。

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