山を登る(S山・朝)

   ***

「――やっ、ほおおおおおおおおおおおおおお!!」
 朱里の底抜けに元気な声が響く。
 先々週にA街を散策した俺と朱里は、今度は逆に田舎の方へとやってきていた。近辺ではそれほど有名ではないS山という場所だが、軽い登山やピクニックを楽しむ分には最適なレジャースポットとして、それなりに有名ではある。
 いくら小さくても山は山、お互いにそれなりの重装備と大荷物で挑んでみたが、果たしてこの備えが本当に役に立つときが来るのかは少々怪しいところだ。
「ふぅー。やっぱ山と言えばやまびこだよね!」
 額の汗を拭きながら朱里が一息つく。
「まぁな。少しは気が晴れたか」
「うん?」
「テスト、駄目だったんだろ」
「うげっ、なんで知ってんの!?」
「顔に書いてる」
「そんなの嘘だー、エスパーなんてありえなーい」
「いや、ほんと顔に書いてんだって」
「はぁん? そんなのあるわけ……」
 手鏡を見ると、頬にテストの文字。
「……ほんとやん」誰が書いたのか知らんが、十中八九母さんだろうなと思う。
 朱里のテストはともかくとして、とりあえず俺にとっても気晴らしなのには変わりない。前回みたいに、今回もそこそこ楽しくやれればいいのだが……さて、どうなることか。
「ふー、にしても空気がいいねぇ! もっかいやまびこっとこうかな」
「やまびこるのは別にいいが、朱里」
「なに?」
「ここはふもとだ」
「知ってら……」

   ***

 あるーひ、もりのーなか、くまさーんに、であぁった、場合、どうするのが一番正しいでしょうか? 正解はなぁ! 丸太を持ってなぁ! こうすんだよぉお! という替え歌を思いついたらつい笑ってしまったので、藍くんに何事かと心配されました。しにたい。
 S山は山というよりも高台みたいなところなので、山道というか坂道を延々のぼっていくみたいなのがほとんどなのですが、普通の道とは違って周りの景色はちゃんと山なところが魅力だと思います。
 たいていの田舎道はどこまで歩いても畑か田んぼ、たまによくわからん姿をしたカカシとか、ボロボロの納屋っぽい何かとかそういうのが見える感じですけど、S山道からの景色はそういうのをしっかり見下ろしてるって感じがして、なかなか気分が良いですね。
 うん、やっぱ田舎って良いわ。実際住んでみたら虫とか虫とか虫とかで住みづらいんでしょうけど……。
「頂上までどんくらい?」
「頂上か。ええと、四時間くらいぶっ続けで歩きゃ着くだろ、たぶん」
「はぁっ……?」四時間とか拷問なの?
「休憩入れりゃ大したことないって。こないだも散々歩きっぱなしだったろ」
「あれは平地ですもん。こことは別問題だよ」
「まあそうかもな……でも静かだから良いじゃん」何がだ。
 そりゃ静かなのは良いことだと思うけど! でも静かとかってレベルじゃないからここ! 人が一人もいないから!
 ぴいいいいい。どっかから笛の音が聞こえてきます。動物でも飼ってるのかな? よくわかりませんが、田舎感あって素敵ですね。はぁ。
「田舎と言えばさ」
「ああ」
「人のぬくもりだよね」
「ああ……ああ?」アクセント右肩上がり。困惑の証拠です。
「だーかーら、人のぬくもりでしょ、田舎」
「んん、まあ、そうかも」
「じゃほら、手」
 さっ、とさりげなく手を伸ばしてみます。さあ藍くん、君にはこのわたしからのミステリ感たっぷりの意図が察せるかな? 察せなければ、君も立派なラブコメ作品の主人公だ。あるいはライトノベルでもよし。あんまり読まないからよく知らんけど。
「ん」
 さっ、とさりげなく手を握られました。さりげなぁ(さりげないの比較級)。負けた。さりげなさすぎる。さりげねすと(さりげないの最上級)。こう、腕を後ろに振ったのと同時に、ついでみたいな感じでさらっと握られた。ちくしょう。これだからこいつとのバトルはやめらんねぇぜ。今、子供向けのカードバトルアニメのライバルっぽい奴のマネしてみたんですけど、どうです? ダメか。似てないね。さりげあるね。
 山ということでテンション上がってたのはもちろんだけど、余計な何かのせいでそれ以上に上がってる気がするのは、決してただの勘違いとかではないのでしょう。
 ……あの、すいません、一つ聞きたいんですけど。手の平を介して心臓の音って聞こえます?


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?