ひとりぼっちは自分で作れる

誰かに相談したい。話を聞いてもらいたい。
そんな時に、誰の顔も浮かばない。
こんな悲しいことってあるんだ……。


悩みの深さ

自分の中には、悩みの層みたいなものが何層もあって、深ければ深いほど、人に話せなくなってくる。

割とどうでもいいこと、すでに自分の中で消化してネタになっていることなら、すぐに話せたりするのに。

私の場合、家族のことが一番深いかもしれない。
ここが私の中で一番苦しいところ。
家族と向き合えてないからかもしれない。

どうして自分の弱い部分だと話せなくなるんだろう。

どう対応したらいいのかわからなくて、正解が欲しいと思っているのに、それを人に話すことが、なかなか難しい。

私のことを知らない人になら、なんでも話してしまう悪癖があるのに……。
どうして知り合いや友達に話せないんだろう。


信用とは?

あ、そっか。
今書きながら気付いたことがある。

私が求めているのは、深い傾聴と同情なんだって。

誰かに言ってしまえば、正論が飛んでくる。
そして、アドバイスが来る。
それは正しいよ。正しいから苦しいんだ。
今苦しいのに、さらに苦しくなっちゃうのは嫌だ。
誰かに決めて欲しいのに、決めて欲しくない。
だから言いたいのに、言いたくない。
あまのじゃくだなぁ、私。


これって、まさに自分が人にやってしまってることだな。

私は誰からも相談されない。
そのこと自体、気にしたことなかったけれど、多分、自分の正論を相手に押し付けてしまって、最後まで話を聞いていなかった。

その人の本当に言いたいことをちゃんと聴けていなかったことが原因なんだって、今やっとわかった。


そして私は、人を信用していない。
本当の意味で、信用できる人なんているのかな。
自分自身に対しても同じ。

心の中でバリアを張って、誰とも深く繋がろうとしていなかった。
だから、私が信用できる人なんて一人もいなかった。

ってことは、私も信用されていないってことになるんだよなぁ。
あー……。自分で言ってて傷つくわぁ……。

知らない人なら腹がたってももう二度と会わない。
そして、信用してようが信用しまいが、関係ない。
お互いノーリスク。

そんなドライな関係が楽で、好きだと思っていたけれど、よくよく考えたら、さみしいし、ひとりぼっちになるためにやっていたようなものだなと感じた。


一人になりたいなら

・人を疑え
・自分が正しい
・誰も信じるな

本当に一人になりたいならその考えは持っておいたほうがいいと思う。
頼りにできるのは自分だけだから。

誰も信用できない、誰にも相談できない、誰も愛さない。

それは、やってみて初めて、慣れると楽だなって気付くから。
耐えられるならそれでもいいって思う。
悪くはないよ。だって、一人で全部決められるから。
気楽な生活もできるよ。

今までの私がそうだったから、その生き方もいいと思う。
今までの人生を否定したくないから。


みんなと仲良く生きたいなら

さっきと真逆に生きてみたらいいのかな。

・人を疑え    →  人を信じる
・自分が正しい  →  自分は無知だと知る
・誰も信じるな  →  みんな仲間

無条件にこれをできる自信はないなぁ……。
だけど、私は人を信じてみたいから。

どんなことがあっても、一人じゃないって思いたいから。

……怖いなぁ。

無条件に人を信じるって、本当に怖い。
なんでこんなに拒否反応出るんだろう。

今までやったことなかったからかな。
本当怖い。

よっぽどバンジージャンプ飛ぶ方がマシだわ。


独りと一人

本当の意味で、独り寂しく生きる人と、一人だけど、声をかければ人が集まる人は、大きく違う。

何が違うのかはわからないけれど、会えばなんとなくそう感じる。

オーラっていうのかな、器っていうのかな。
なんか、そういうおっきいものを持っている人に、人は集まってくる。

理想はムーミンのスナフキンのような感じかな。
一人でふらっと旅に出て、帰ってきたら、みんなと話をするような。


どこにでも帰る場所がある人になりたい。としみじみ思う。

あら、なんだか変な方向に落ち着いてしまった。


今日は、ひとりぼっちにもいろんな人がいるって知れただけでも、満足満足♪

ぜーんぶ、鏡。
誰かに思うことは、全部自分もそう思われてるってことなんだって、そう気付けたことが嬉しい。

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