大引幾子歌集『クジラを連れて』

あとがきには、大引さんは大学時代に前衛短歌に衝撃を受けたこと、二十代から四十代半ば頃までの作品が収録されていることが書かれています。ほぼ作成時期に沿って編まれていると思いますが、前半と後半とでの作風の変化と変わらない部分が興味深いです。
大引幾子さんの歌集『クジラを連れて』はⅠからⅤまでの5つの章からなりますが、前衛短歌の影響が感じられるⅠ章は作者と作中主体を区別して読んだ方が良さそうですが、出産の歌あたりから作風が変わり、後半の教師生活を描いた歌は作中主体は作者そのものとしか読めない生々しい写実詠です。

みごもりていたりき微熱持つ暁にぼろぼろと歯が抜け落ちる夢   大引幾子『クジラを連れて』 暁=あけ
過去の助動詞「き」から考えて、歯が抜ける夢を見た時点ではまだ妊娠に気づいていなかったのでしょう。微熱と歯が抜ける夢に、妊娠という体の異変の大きさを感じます。

図書室にグッピー飼えば日に一度グッピー見に来る生徒と知り合う   大引幾子『クジラを連れて』
鳴き声を上げず触ることもできない小さなグッピーが良いです。図書室という教室や体育館より低い温度感も、見に来るのが一日一度だけというのも良いと思います。

淫らなるかたちの蘭花咲きたけて温室は無菌室のあかるさ  大引幾子『クジラを連れて』
蘭の花に淫らさを見るあたり、前衛短歌の影響を感じますね。温室が無菌であるわけはないのですが、無菌室という言葉で蘭の淫靡さが増すように思います。

壮絶な討ち死にであるか会議にて校長に詰め寄りし日の語気激しかり   大引幾子『クジラを連れて』
病死した同僚を悼む一連から。身を削るようにして働き、その末の病死だったのでしょう。本来まだ亡くなるような年齢ではない方に相応しい挽歌だと思いました。

人柄の優しさ褒めて帰り際言い出す未納の学費のことを   大引幾子『クジラを連れて』
欠席が続く生徒の家を訪問した際の歌。後半が本題でしょう。本当に優しい人柄なのかも知れませんが、勉強や部活等に誉める点がなかったのかも知れません。


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