真中朋久歌集『cineres』

真中朋久さんの歌集『cineres』読了。知識人階層の大人は大概そうかも知れませんが、感情が抑制されていて視線が覚めているところが好きでした。衒学的、厭世的と感じる部分が多々ありますが、ほどほどに抑制されているあたり、大人の歌集という印象を受けました。好きな歌をいくつか紹介します。

かはいさうなひとと言はれて底が抜ける はじめから無かつた底が   真中朋久『cineres』


「かはいさうな」は誹謗中傷にすら値しない相手に対する憐憫で、最大の侮蔑とも言えます。6、7、6、5、7で読みましたが、この不安定な韻律が今にも壊れそうな自尊心や忍耐を表しているように感じました。



拝跪するごときいくたりの文章はななめに読みてふたたび読まず   真中朋久『cineres』


慇懃無礼という言葉もありますが、必要以上の大袈裟なへりくだりは不快なものです。「拝跪」という言葉に、異様なまでのへりくだりやこびへつらい、それに対する嫌悪感が滲み出ているように思いました。


弔辞どれもなまぬるききかな目つむりて堪へてをれば悼むごとしも   真中朋久『cineres』


弔辞の内容に不満があっても、大人なら黙って聞いているものです。「悼むごとし」ということは、外見的には悼んでいるように見える姿勢をとっているけれど、実際には悼んでいないんですね。「なまぬるき」の後の「き」の意味がわかる方がいれば教えてください。


青あをと長刀茅はそよぎをり雑兵は雑兵と闘はしめよ   真中朋久『cineres』


長刀茅は川辺によく生えている草で、雑草の繁殖を抑えるために植えられるそうです。一義的には雑草と雑草の戦いですが、人間にも通じるものがありますね。


観音のまへにぬかづくひととゐてわれは衣の襞をたどれり   真中朋久『cineres』


同行者は観音を信仰の対象として見ているのに対し、主体はあくまで立体的な造形物として襞の凹凸を確認しています。さらにこの両者の違いを俯瞰で観察しているというクールさに惹かれました。


「ピーキーなエンジン」なればそのひとはひとりで仕事してもらふほかなし   真中朋久『cineres』


「ピーキーなエンジン」はマニアには受けるでしょうけれど、大衆向けの量産車には向きません。職種にもよりますが、多くの職場で必要とされるのは、孤高の天才ではなく協調性のある凡人の方です。


はさみかみいしならいしがさいごまでのこるとおもひにぎりしめたり   真中朋久『cineres』

「はさみかみいし」確かに三者の素材や強度を考えたら、火や水にも強く経年劣化に耐えそうなのは石ですね。悔しさを堪えて石のように拳を握りしめ、でも何も言わずに耐えたのだろうと想像されます。

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