贅沢な花

贅沢な花         佐藤涼子

ぱきと噛むセロリ水辺に生えていた前世の記憶を青く匂わす

正中を流れる川が速すぎて拳で叩けば胸骨の音

閉架式書庫に抱きあう僕たちがひとつの冷たい書架となるまで
                                 
アンドロギュノスの一生を緑の葉の上で終える蝸牛にきゅうり食わせる

守られているのはどちらに居る側か 基地をフェンスで隔てる街に

やませまだ吹きやみそうもない胸を夏草色の狼走れ

一鉢にさざめくようなひまわりの双葉いくつか間引いて食べる

夏の陽がピッツィカートで跳ねまわる手首の白いためらい傷に

愛に似た何かでもいい柔らかな耳朶ピアスごと摘んだりして

まなうらに赤い満月 柔らかなノイズがジャニスの声に重なる

夏の夜の雨あかるくて眠剤の薬袋に折る白い船

匙の背でキャラメリゼの膜叩き割る 硝子が遮る八月の空

茉莉花茶のボトルに冷やすこめかみに花だった私の記憶が過ぎる

晩夏の光が粗い 読み捨てのペーパーバッグみたいな日々に

ミュートワードに自死した人の名を入れてタイムラインに野菊を流す

やや焦げたチェダーチーズが伸びてゆく 生き急ぐとは贅沢な花

生き残された者の使命として喋る、喋れば刻み込まれてしまう

諦めてしまえば楽と思いつつぱっくり割れた柘榴を啜る

祝福のように木犀降りしきる体温だけを信じる街に

この傷は私のものだ理解などされてたまるか、その手を退けろ

※ 塔2020年12月号風炎集掲載作品より転載しました。

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