下積み時代の話③

帰宅してすぐにぐちゃぐちゃになった受注書から知ってる会社を探した。どこがいいか、時間は無い。出来るだけはやく結果が欲しい。デカすぎる会社じゃ相手にしてくれないと思った。その中に社長さんに一度現場で顔を合わせたことがある会社の受注書をみつけた。ここから連絡してみようと思った。会社に電話をすると、すぐに社長さんに繋いでくれてすぐにおいでと言ってくれた。なんとかなるかもしれない。すぐにおいでと言われたものの流石に作業服では行けない。営業時代に使っていたスーツがあるはずだ。家の中を探すものの全く見つからない。恥ずかしい話、家事は風呂洗いとゴミ出し程度しかした事がない。家の事は任せきりだったから。スーツがどこにあるか嫁に電話しようかと思ったが諦めて一番綺麗な作業服で社長さんの所へ向かった。

会社にお邪魔するのは初めてだった。現場で顔を合わせてコーヒー飲んだときは小さな会社だよって言ってたのに普通に立派な会社だった。工務店て書いてあったから、町の小さな工務店だと思い込んでいた。失敗したと思った。こんな大きな会社じゃ相手にしてくれないだろう。せっかく来たからと腹を決め受付の女性に話をすると社長室へ通された。社長室は広く、パリッとしたスーツ姿の社長に圧倒されてしまった。大変だったね、なんとなく話は聞いてるよ。そういってニッコリ笑う社長は現場で会ったあの社長だった。彼もキミのように最初は飛び込みでウチに営業にきてね、なかなか筋のある男で好きだったんだがなあ、そうかそうかと。思い出に浸る社長に、詳しい現状を早口で必死に伝え、時間がない事も伝えた。たぶん5分くらいだっただろうか。話終わるとただ一言わかったとだけ言い、内線で誰かを呼んでくれた。その人が来る前に社長は言った。

ウチにくるなら歓迎するが、そのつもりで来たんじゃないんだろ?現場をひとつ任せるから必死になってやり遂げてみなさい。キミはまだまだ若い、人生はこれからだ。家庭もあるんだろ?頑張れ、応援する。

暖かすぎる言葉の連続に涙が止まらなかった。ありがとうございますも涙のせいでうまく言えなかった。

こちらへどうぞと呼ばれ、さっそく担当さんと現場の話になった。何件か候補があるから好きなのを選んでいいと、図面をくれた。だめだ、デカすぎる。とてもじゃないが今の状況で叩ける規模の現場じゃない。声を掛ければ手伝ってくれる同僚もいるとは思っていたが、寝ないでやっても終わらないレベルだった。図面をみて固まる俺に担当さんがまだありますよと追加で図面を持ってきてくれた。その中でも一番規模の小さい現場の図面に目がとまる。これならギリギリいけるか。詳しく聞くともう現場は動いていてすぐにでもやって欲しいとのこと。担当さんには後で連絡しますといい、会社を出るときに最後に社長さんにしっかり挨拶をした。

時間がない。車に乗ってすぐ近くのコンビニにいき、なけなしの金で図面をコピーした。すぐに材料を拾って積算する。ざっくり材料だけで30万くらいだった。4人でやれば10日間くらい。40人区もあれば叩けるだろうと。話に乗りそうな同僚に電話をかけ、なんとか二人確保した。問題は材料代だった。そんな大金どこにもない。現場が仕上がるまで金は入らないから材料代は全て先出ししないといけない。初めて消費者金融に金を借りにいった。躊躇は無かった。その日のうちに審査がおりて満額の30万借りた。金が出来たと同時に担当さんへ連絡をした。じゃあ早速明日から現場で打ち合わせしましょうと、とんとん拍子に話が進んだ。

誰もいない家に帰る。長い1日だった。歓迎のおかえりはない。いつもはうるさく感じる子供達の笑い声はない。こんなに静かなのか。静寂に耐えきれなくTVをみつめる。味のしないビールを流し込む。もうやるしかない、あとには引けない。不安とやる気が混ざって寝れなかった。長い夜だった。


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