下積み時代の話⑥
悪いことは続く。弁護士からの手紙がきた次の朝、何度も朝から弁護士に電話をする。7時、8時、9時。全く繋がらない。10時の一服の時にやっと電話がつながる。とにかくイライラしていた。口調も自然と強くなった。一方的なことに全く同意できずに、事務的に何度も同じ返答をする弁護士に腹が立った。何を聞いても同じ返答。聞き方を変えても同じ返答。政治家のような話口調で毎回こういう。
調停で全てお話いたします。
お前に何がわかるんだと怒鳴って電話を切る。仲間がみんな俺をみる。普通の状態じゃなかった。もちろん眠れなかったし、常にイライラしていた。何かきっかけがあれば爆発する。自分でもわかっていた。普段なら周りの状況をみて指示も出せるし、足りないとこを補う動きも出来る。その日は違った。何をしてもうまくいかない。うまくいかないと腹が立つ。周りが思ったように動いてくれない。工程通りに進まないイライラで他業種さんともやりあった。わかっていた。こんなんじゃダメだ。普段ならコーヒーでも買ってきて早めに一本つけようかなんて声を掛けるのに。
昼飯を食う前に電話が鳴る。手を止められてイライラしながら携帯をみる。前の会社の社長の弟からだった。解散を言われて以来全く会ってもいない。いまさらなんの用だと未払いの給料が頭をチラついてさらにイライラさせた。
はいっ?
イライラしながら電話に出る。おー、と強めの口調で相手が答える。次の言葉を待たずに、なんすか?給料貰えるんすか?口にしたあと言い過ぎたと思った。
携帯を耳につけれないほどの爆音で相手が怒鳴っている。もはや何を怒っているのかさっぱり理解出来なかった。よくよく聞くとどうやらウチの会社の顔使って商売しやがってと怒っているようだった。冷静になって話をする。そもそも会社は解散で給料は2ヶ月分貰っていない。解散した後に誰が何をしようと関係ないはずだ。公園で兄貴は自殺したかもしれないと涙ながらに話をしていたが、仲間から逃げた社長が市内のパチ屋で見たわと目撃情報も聞いていた。色々言いたいこともあったが、いうても元上司。とりあえず何がしたくて電話をしてきたのか聞くことにした。弟の言い分は、ウチの社員を使って元請けを奪ったと。だから賠償金を払えという電話だった。流石に呆れて言い返す気にもならなかった。ひとしきり話を聞いたあとに落ち着いて答えた。
好きにしてくださいよ、忙しいんで切りますよ
一方的に切ったあとしつこく電話が鳴るもんだから着信拒否をして作業の続きをした。その日は全く捗らなかった。職人はその日の気分や体調で進み具合がガラッと変わる。ダメな日の典型だった、良いはずが無い。ダラダラやってもしょうがないから今日はもう帰ろうか。みんなに声を掛けて17時でまだ明るかったがその日はあがることにした。
まだイライラしていた。仕事にイライラしていたんじゃない、朝から毎回オウムのように調停で全てお話しますと言っていた弁護士。信号で止まるたびに弁護士の言葉が頭の中でこだまする。納得できないことばかりで頭がどうにかなりそうだった。家に帰ってもその事ばかり考えて何も手につかない。飲みに行くことにした。どうにかこの気持ちをリセットしないと次の日を迎えられない。とにかくストレスを発散しよう。
馴染みの居酒屋で大将に愚痴をこぼす、スナックで死ぬほどビールを飲み声が枯れるほど歌をうたう、連絡が来たからとその後ガールズバーへ行く。へべれけに酔っ払い、まともに歩けずタクシーに乗り込みやっとの思いで家につく、3時過ぎくらいだっただろうか。ストレス発散というのか、頭がぐるぐる回り何も考えれない。布団に飛び込みそのまま死ぬように眠った。
次の朝、家を出ると車の鍵が開いていた。二日酔いでよくわからずにエンジンをかける。現場の住所のナビを入れて気づく。後ろのドアが開いている。いやいやまさかよと思い、車を降りて確認する。車に積んでいた材料と工具は全て無くなっていた。綺麗に空っぽ、レンタカーでも借りたかというくらい何にも無かった。車上荒らしだった。すぐに仲間に合流が遅れる連絡をして、警察を呼んだ。警察の兄ちゃんと被害額の話をした。ざっと40万くらいだった。鍵の修理費を含めたらもっとだ。犯人はすぐに目星がついた。心あたりはありますかと聞かれたが何も言わなかった。1時間ほど指紋をとって結果を待つ形となった。二日酔いで頭がよく回らなかった。空っぽの車で何が出来るのか。鍵のかからない車でとにかく現場に向かった。
調停の日は一週間後に迫っていた。
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