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【アーカイブス#71】ポール・ブレイディ *2015年9月

 この10月にポール・ブレイディ(Paul Brady)がまた日本にやって来て、10日と11日の土曜日と日曜日、丸の内のコットンクラブでそれぞれ夕方5時からと夜8時からの二回、合計で四回のライブを行い、13日の火曜日は夜7時から京都のライブハウス磔磔(たくたく)で一回ライブを行う。
 ポール・ブレイディが初めて日本に歌いに来たのは2002年9月のことで、その時彼はアルタンをはじめとするアイルランドのミュージシャンたちによる「アルタン祭り」に参加したほか、渋谷のクラブ・クアトロでソロ・ライブも行った。それから4年後の2006年12月にはアイルランドのミュージシャンたちによるクリスマス・コンサート「ケルティック・クリスマス」の出演者の一人として再来日し、この時も渋谷のDuo Music Exchangeでソロ・ライブを行っている。
 その後も2012年3月、2013年3月とポールは単独で来日し、吉祥寺のスター・パインズ・カフェや京都の磔磔などでライブを行っているので、彼の日本でのライブは今回が5回目となる。

 アイルランドを代表するシンガー・ソングライターのひとりというだけではなく、アイルランドの音楽シーンの重鎮とも言えるポール・ブレイディは、1970年代後半にソロ・デビューする前は、アイルランドの伝統音楽とコンテンポラリーな音楽との融合を試みる革新的なバンドのプランクシティ(Planxity)やアイリッシュ・フォーク・バンドのザ・ジョンストンズ(The Johnstons)で活躍していた。その頃から、ぼくは彼のことをずっと追いかけ続けている。ポール・ブレイディもまた、ぼくにとってはまさに「音楽の師」のような存在なのだ。
 だから2002年の初来日が決まった時は狂喜したし、その時の「アルタン祭り」やソロ公演、4年後の「ケルティック・クリスマス」やソロ公演にももちろん足を運び、とりわけソロ公演での、とんでもなく大きく豊かな懐から、まさに汲めど尽きないという感じで、さまざまな時代のさまざまなスタイルの歌を縦横無尽に繰り出して来るその壮絶さに、感動や感銘を通り越して、何だか畏怖のようなものすら感じてしまった。

 そんなぼくが敬愛してやまないポール・ブレイディだが、2012年と13年の吉祥寺スターパインズ・カフェでの来日公演は、運が悪いことにずっと前から決まっていた自分のライブのスケジュールと日にちが重なってしまい、足を運ぶことができなかった。今年10月の来日公演も不運にもやっぱり日にちが重なっていて、「ああ、ポールが今年も日本に来てくれるのに見に行けないのか」と嘆き悲しんでいたのだが、11日に決まっていた予定が急にキャンセルというか変更になり、その日の彼のライブを見に行けることになったのだ。万歳!!
 ほぼ9年ぶりに見ることができるポール・ブレイディのライブはこの原稿を書いている今日この日から数えて11日後だが、もうわくわくどきどき、とてもとても楽しみでぼくはすでに興奮状態に陥ってしまっている。

 そんなわけで心を落ち着けるため、CDプレイヤーにポールの最新アルバムをセットして繰り返し耳を傾けたりしている(そんなことをすると逆にますます興奮してしまうかもしれないのに…)。
 ポール・ブレイディの最新アルバムは、アイルランドでは今年の4月に、日本ではポールを招聘するミュージック・プラントから来日記念盤として9月20日に発売されたばかりの『The Vicar St. Sessions Vol.1/ザ・ヴィッカー・ストリート・セッションズ Vol.1』で、これは2001年10月、ポールが自らのバンドを率い、さまざまなゲストを呼びながら、23日間にわたってダブリンのヴィッカー・ストリートで行った連続コンサートでの名演の数々を収めたライブ・アルバムだ。
 ポールはこのコンサートのことを自らの音楽人生のひとつのハイライトと位置づけていて、その時の模様が14年の歳月を経てCDになったわけで、その時に実際にコンサートを体験できなかった人たちにも、その伝説のイベントがいったいどんなものだったのか、収録曲数こそ13曲ととんでもなく少ないが、その一端をようやく垣間見れる(垣間聞ける)ようになったというわけだ。しかもアルバムのタイトルは『The Vicar St. Sessions Vol.1』なので、この先Vol.2、Vol.3、Vol.4、Vol.5と、Vol.10あたりまで(!!)登場して来るのを期待してもいいのかもしれない。

『The Vicar St. Sessions Vol.1』には、ポールが自分のバンドと一緒に自作曲を歌っているトラックのほか、ボニー・レイット、ギャヴィン・フライデーといったゲストがポールと一緒にポールの曲を歌っているトラック、あるいはポールがマーク・ノップラー、シネイド・オコナー、ヴァン・モリソン、カーティス・スタイガース、エレノア・マケヴォイといったゲストと一緒に彼らの曲を歌ったり演奏したりしているトラック、はたまたポールがローナン・キーティングと共作した大ヒット曲を二人で一緒に歌っているトラックなどが収められている。ラストの13曲目は、ポールがメアリー・ブラック、モイヤ・ブレナン、モーラ・オコンネルといったアイルランドの代表的な女性シンガーたちと一緒に歌っているボブ・ディランの名曲「Forever Young」だ。
 たった13曲入りのVol.1を聞いただけでも、シンガー・ソングライター、ポール・ブレイディのこれまでの音楽人生が浮かび上がり、彼がアイルランドの音楽シーン中でどんな位置を占め、どれほど幅広い交友関係を築いているのかがよくわかる。素晴らしいアルバムだ。それでも今から14年前のコンサートのアルバム、しかもたくさんのゲストが登場しているということで、どうしても今現在のポールの歌に耳を傾けたいという気持ちにも襲われてしまう。

 そこで手が伸びてしまうのが、ポールの最新のオリジナル・アルバムだが、これがしばらく発表されていなくて、いちばん新しい作品は2010年3月にアイルランドで発売され、日本では2011年11月に2012年3月の来日記念盤としてミュージック・プラントから発売された『HOOBA DOOBA/フーバ・ドゥーバ』になってしまう。その後5年以上、アンソロジーは発表されたものの、オリジナル・アルバムはリリースされていない。
『HOOBA DOOBA』は、2008年9月から2009年5月にかけてダブリン郊外のサンディフォードにあるポールの自宅スタジオで録音された曲が収められているアルバムで、収録曲12曲のうち11曲がポールひとりでのオリジナル曲か誰かと共作したオリジナル曲、そして1曲だけあるカバー曲は、ビートルズの「You Won’t See Me」だ。オリジナル曲の中には1990年代初めにボニー・レイットが取り上げて歌って広く知られるようになった「Luck of The Draw」を作者自らが初めて歌っているものもある。


『The Vicar St. Sessions Vol.1』と違って、『HOOBA DOOBA』を聞いていると、アイルランドを代表するシンガー・ソングライター、ポール・ブレイディの素晴らしさというか、そのすごさ、その魅力を堪能することができる。歌のテーマは、母と子の複雑な関係を歌ったものからテロやジハードといった政治的な問題に真っ向から取り組んだもの、拝金主義を批判するものから名声やスターダムについて歌ったもの、あるいは渋いラブ・ソングや人生の神秘を歌ったものまで多岐にわたっていて、どの曲も重みがあって奥深く、聞けば聞くほどその世界の中に引き込まれて行ってしまう。
 ポールは1947年5月生まれなので、『HOOBA DOOBA』の曲を作ったり、レコーディングをしていた2008年秋から2009年春にかけては、還暦を迎えて一年が過ぎたあたりということになる。その頃の彼の心境というか、彼がその歳で気づいたこと、悟ったことなどが、収められている歌からリアルに、まっすぐに伝わって来るアルバムだと言える。

 しかしその最新アルバムからもう5年半。間近に迫った5度目の来日公演で、68歳になったポール・ブレイディはこれまでの代表曲、人気曲だけでなく、まだ誰も知らない新しい曲もたくさん聞かせてくれるかもしれない。そんなことを思うとぼくのわくわくどきどきは、どんどんエスカレートして、それこそ今にも爆発しそうになってしまっている。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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