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【アーカイブス#75】バーズ・オブ・シカゴ*2016年3月

 バーズ・オブ・シカゴ(Birds of Chicago)の新しいアルバム『リアル・ミッドナイト/Real Midnight』がこの3月に発売された。曲も歌も演奏も、とにかく何もかもすべてが素晴らしく、手に入れてからずっとぼくはこのアルバムばかり聞き続けれている。



 今回のアルバムはキャロライナ・チョコレート・ドロップスのツアー・マネージャーをしていたジミー・ラインがニュー・メキシコでスタートさせたマネージメント会社でありインディペンデント・レコード・レーベルでもあるファイブ・ヘッド・エンターテインメント(FHE)からのリリースとなる。FHEはバーズ・オブ・シカゴがメイン・アーティストで、それほど大きな会社ではないと思えるが、『リアル・ミッドナイト』のプロデュースは自らもシンガー・ソングライターとして大活躍しながら、キャロライナ・チョコレート・ドロップス、ボニー・レイット、ラウドン・ウェインライト3世、ビリー・ブラッグ、リサ・ハニガン、ミッシェル・ンデゲオチェロ、ランブリン・ジャック・エリオットなどなどのアルバムをプロデュースして大評判となり、プロデューサーとしても引っ張りだことなったジョー・ヘンリーが担当していて、キャロライナ・チョコレート・ドロップスのリアノン・ギデンズ(3月に来日してブルー・ノートで感動的なライブを見せてくれたばかり)も3曲にゲスト参加し、歌を歌ったりバンジョーやフィドルを演奏している。
 しかももしかして輸入盤に解説や歌詞が付けられるだけの仕様なのかもしれないが、『リアル・ミッドナイト』は、3月25日にBSMFレコーズから日本発売され(BSMF-6079)、日本で初めてきちんと紹介されるバーズ・オブ・シカゴのアルバムとなる。バーズ・オブ・シカゴを2012年の結成時から、いやその前身となる2000年代後半のJT And The CloudsやJT ネロのソロ名義の時代から、はたまたアリソン・ラッセルがバンドに加わる以前のポー・ガールズの時代からずっと聞き続けてきたぼくとしては、日本では何年間も彼らがほとんど話題に上らないし、その存在もまるで無視され続けていただけに、これでようやくバーズ・オブ・シカゴ、その中心人物の二人、JT ネロとアリソン・ラッセルにも日の光が当たると、何だかとても浮き浮きとした晴れやかな気持ちになってしまっている。

 バーズ・オブ・シカゴのオフィシャル・ホーム・ページによると、彼らはJT ネロが自らの歌姫であるアリソン・ラッセルのために歌を書き始めた2012年に誕生したとある。しかし二人のコラボレーションはすでにそれ以前に始まっていて、JTが2010年に発表したJT ネロ・アンド・ザ・クラウズのアルバム『Caledonia』ではアリソンが3曲に参加して歌っているし、2011年のJT ネロのソロ・アルバム『Mountains/Forests』では、アリソンはそのアルバムをJTと一緒に作ったバンドのメンバーとしてクレジットされている。
 JT ネロことジェレミー・リンゼイは、2000年代初めからシカゴで暮らすようになり、その街でJT ネロ・アンド・ザ・クラウズというバンドを結成して音楽活動を開始した。一方アリソン・ラッセルはカナダのモントリオール育ちで、フィア・オブ・ドリンキングというバンドで活動していたが、2000年にビー・グッド・タニヤズ(Be Good Tanyas)のトリッシュ・クレインと知り合い、二人でセッションを重ねるうち、ほかのメンバーも参加してポー・ガール(Po’Girl)という女性ミュージシャンばかりのバンドを結成し、彼女たちはヴァンクーバーをベースに活動するようになった。

 2000年代前半、JTとアリソンはアメリカの西海岸で出会い、それから二つのバンドは何度も共演するようになる。早いうちから二人は自分たちのハーモニーが抜群で絶妙な雰囲気を作り出していることに気づいていたが、2007年、JTがポー・ガールのヨーロッパ・ツアーに同行して、オープニング・アクトを務めたり一緒に演奏をしたりして、その中でアリソンとの絆が一気に深まっていった。
 そして2009年、アリソンはシカゴに移ってJTと一緒に暮らすようになり、二人で音楽活動を続けるうち、それが2012年のバーズ・オブ・シカゴの結成へと繋がっていった。JTとアリソンは2013年に結婚し、2014年初めには娘も誕生している。

 2016年3月に発表された『リアル・ミッドナイト』は、バーズ・オブ・シカゴとして3枚目のアルバムとなる。最初のアルバムは2012年の『Birds of Chicago』、二作目は2013年6月28日にイリノイ州エヴァンストンの「スペース」という会場で行われた彼らのコンサートの模様が収められたライブ・アルバム『Live From Space』(2014年のリリース)だ。バーズ・オブ・シカゴのこれまでのスタジオ録音アルバムは、先にみんなからお金を集め、それをもとにしてCDや映画の製作に取りかかるクラウド・ファウンディングのやり方で作られている。
『Live From Space』のジャケットのクレジットには、「バーズ・オブ・シカゴはわたしたち二人のまわりに築き上げられる共同体で、ツアーに出るメンバーの数は多くなったり少なくなったりさまざまで、デュオのこともあれば、三人の時、四人の時もあり、七人が集まってキャディラックのような豪華版になることもある…JT & アリ」と書かれている。
 ちなみに『Live From Space』のメンバーは、アリソン・ラッセル(ヴォーカル、クラリネット、バンジョー、ウクレレ、ギター)、JT ネロ(ヴォーカル、ギター)、クリストファー・メリル(ベース)、ドリュー・リンゼイ(ヴォーカル、ピアノ、アコーディオン)、ダン・アブ-アブシ(ヴォーカル、エレクトリック・ギター、マンドリン)、クリス・ニール(オルガン)、ニック・チェンバーズ(ドラムス)の“キャディラック”編成だ(ちなみにクリストファー、ドリュー、ダン、クリスはJT ネロ・アンド・ザ・クラウズ時代からずっと一緒だ)。

 デビュー・アルバムでは、バーズ・オブ・シカゴは、アリソンとJTの二人のことになっていて、クリストファーやドリュー、ダンなどそのほかのメンバーはザ・サーカス・ファミリーという名前でクレジットされている。そして最新作の『リアル・ミッドナイト』では、バーズ・オブ・シカゴはアリソン、JT、クリストファー、ドリュー、ダンの5人組としてクレジットされていて、全曲でドラムスを叩いている有名なセッション・ドラマーのジェイ・ベルローズややはり有名なセッション・キーボード・プレイヤーのパトリック・ウォーレン、デビュー・アルバムでもハーモニー・ヴォーカルをつけていたミッシェル・マグラス(彼女もまたJTのソロ・アルバム『Mountains/Forests』ではバンドのメンバーの一人だった)、そして最初にも書いたリアノン・ギデンズなどは尊敬すべきゲストたち(Esteemed guests)となっている。

 バーズ・オブ・シカゴの音楽は「アメリカーナ」のレッテルを貼られることが多い。確かに彼らの音楽にはフォークやブルース、ゴスペルやケイジャンなどアメリカのルーツ・ミュージック、トラディショナル・ミュージックの影響が窺え、バンジョーやアコーディオン、マンドリンやフィドルといった楽器も登場してくると、どうしてもその範疇に収めたくなってしまうのだろう。しかし同時に1960年代から脈々と流れ続けるアメリカン・ロックのスピリットも強く感じられ、繰り返し聞くたびにバーズ・オブ・シカゴは既存のどんな枠の中にも収められることのない、もっと自由でのびやか、もっと豊かで深い、唯一無二のオリジナルな音楽だということに気づかされる。

 おもにJT ネロが書くバーズ・オブ・シカゴの歌のメロディやコード進行は、シンプルで爽やかな感じなのだが、いったんアリソンやJTによって歌われると、何だかねちっこく絡んでくるというか(失礼)、心の奥底までぐぐぐっと入り込んで来て、そこから決して出て行こうとしない。そして何よりもバーズ・オブ・シカゴの歌姫のアリソン・ラッセルの力強く表情豊かな歌声に魅了させられる。またJTのねちっこい(繰り替えして失礼)歌い方も素敵だし、アリソン、JT、ミッシェル・マグラス、そして最新アルバム『リアル・ミッドナイト』では、曲によってはキャロライナ・チョコレート・ドロップスのリアノン・キデンズも加わってのコーラス・ハーモニーの妙もバーズ・オブ・シカゴの大きな魅力となっている。
 同じ言葉を何度も繰り返しながら、だんだん盛り上がっていくそのコーラス・ワークはゴスペルの世界を思い起こさせるし、どこか呪術的な気配すら感じてしまう。

 バーズ・オブ・シカゴの『リアル・ミッドナイト』は、キャロライナ・チョコレート・ドロップスのツアー・マネージャーをしていたジミー・ラインが新たに立ち上げたレーベル、ファイブ・ヘッド・エンターテインメントからのリリース、そしてアルバムにはリアノン・ギデンズがヴォーカルやバンジョー、フィドルなどで3曲に参加と、ドロップスやリアノンが大きく貢献している。
 実際、リアノンはバーズ・オブ・シカゴにとってはとても大切で欠かせない存在のようで、ジャケットのクレジットでは、「最初からこのバンドの成功を願い、正しく導いてくれた彼女がいなかったら、このアルバムは完成することはなかった」と、バンドからリアノンへの特別な感謝が捧げられている。

 キャロライナ・チョコレート・ドロップスのリアノン・ギデンズは、2013年9月にニューヨークのタウン・ホールで開かれたジョエル&イーサン・コーエン脚本、監督の映画『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』のセレブレーション・コンサート『Another Day ANOTHER TIME』に出演したり、ボブ・ディランの1960年代後半の未発表だった歌詞に新たに曲をつけて演奏するスーパー・グループ、ザ・ニュー・ベースメント・テープスの2013年から始まったプロジェクトに参加したり、はたまた2015年にはT・ボーン・バーネットのプロデュースで初めてのソロ・アルバム『Tomorrow Is My Turn』を発表したりして、広い世界で大きな注目を浴びるようになった。そして最初にも書いた今年2016年3月の初来日公演のステージも大評判で、日本でもその存在がようやく知られるようになって来た。
 そしてリアノンの歌に心を奪われた人にぜひとも聞いてほしいのが、このアリソン・ラッセルの歌、バーズ・オブ・シカゴの音楽だ。
 カナダで結成されたポー・ガールから15年、アリソン・ラッセルはJT ネロという公私共の最強のパートナーと出会い、「シカゴの鳥」となって今まさに羽ばたこうとしている。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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