らげたけと欠ける満月のおはなし

らげたけが初めて地上に出てきた日は、満月の夜でした。
藍色の中で存在感を顕に、キラキラと黄金色で一面を占める巨大な真円は、深淵から出て来たらげたけを魅了するには十分な輝きでした。

らげたけはいっしきさんにアレは何なのかと訊き、いっしきさんはあれは満月で、空が闇に包まれゆくと共に、遠く地面の底から昇ってくるものですねと答えました。
らげたけは飽くることなく満月を眺め、あくる夜もまた、満月を眺め続けました。

しかし、また次の夜に昇って来た満月を見て、らげたけは違和感を抱きました。
満月が、欠けているのです。
それはよく見ないと気付かない程ではありましたが、確かに最初に見た満月から、片側が少し削れ落ちてしまっていたのです。
らげたけは慌てていっしきさんに訊きに行きました。

いっしきさんは答えました。
ああ、確かに欠けていますね。コレは多分、日を追うごとにどんどん欠けていって最後には無くなって消えてしまうものでしょう。
らげたけ、満月の欠けるのが気になるのですか。それならば砂地をさらってみてください。
おそらくは欠け落ちた満月のカケラが、小さな粒となって紛れ込んでいると思います。

らげたけは急いで砂地をさらってみました。
砂を集めて、梳いてみると、確かにそこには小さく輝く黄金のカケラがありました。
らげたけはすぐさまそれを掻き集め、いっしきさんのところに見せに行きました。

おや、砂金ですね。そうです、コレが満月のカケラです。
満月が完全に欠け落ちてしまうまで、この出来るだけを集めていっしきさんのところに持ってきて下さい。
いっしきさんが満月が元通りに戻るようにしておきます。
いっしきさんは、そう言いました。

それから、らげたけは日の昇っている間じゅうに砂地を手当たり次第さぐって砂金を集め、夜は段々と欠けゆく満月を不安そうに眺めて過ごしました。
次の日も、その次の日も、砂金を集める日中と、欠ける満月を憂う夜を過ごしました。
そうしている日が続き、とうとう満月は、針のように細く、見えるか見えないかまでなくなってしまいました。

そしてとうとう、新月の日がやってきてしまいました。
らげたけはこれまでの日々で山のように掻き集めた砂金を、いっしきさんに託しました。

いっしきさんは言いました。
よくこれだけの砂金を集めてくれました。満月は元通りに戻ることでしょう。
しかし、あれだけ大きいものです。すぐには直りません。どうしても時間がかかってしまいます。
満月は少しずつ修復されていくので、落ち着いて、ゆっくりと、信じて待っていて下さい。
心配は要りません、疑わずとも必ずや満月は元の形を取り戻しましょう。
いっしきさんにお任せ下さい。

そうしていっしきさんは満月を直さんと、どこかに消えてしまいました。
その日の夜は、満月はカケラほども存在せず、空はただ一様に濃い藍に染まり、どこまでも暗く、全てを呑み込まんかのようでした。
まるで何もかもを失い、夢も希望も潰えてしまったかのような夜が、日が昇るまで続きつづけました。

その次の夜のことです。
満月が戻ってきたのです。
それはまだなくなる前の針のように細く儚い形ではありましたが、確かに空に昇って来たのです。
そして満月は日を追うごとにどんどんとその形を取り戻していき、欠けていった日々と同じくらいが経つ頃には、完全に元の満月へと姿を取り戻したのです。
その頃にはいっしきさんも戻ってきていました。

らげたけはいっしきさんに謝辞を述べました。
しかしいっしきさんは謝辞など必要ないですよと、全てはらげたけのはたらきがあったからこそですと返しました。
そうして、満月があるときにはお団子を食べるものですよと、らげたけにお団子を振る舞いました。


満月は白銀の輝きをみせていました。
らげたけの目も優しい光を湛え、満月のように白銀に輝いていました。


さて、それから幾らかもしない夜のことです。
らげたけがカタルシスを胸に満月を眺めに行くと、なんと、満月が欠けているのです。
せっかく直したのにです。大問題です。
らげたけは慌てていっしきさんに訊きに行きました。

いっしきさんはまた欠けた満月を見て、答えました。
あら、欠け始めていますね。満月もしっかり元通りに戻したとはいえ砂金の塊。また少しずつ欠け落ちてしまったのでしょう。
コレはやはり、また砂金を集めて直さなければならないみたいですね。

それを聞いて、またらげたけは砂地をさらい、新月の日が訪れるまでに、これでもかという程の砂金を集めて、いっしきさんに託しました。
そうすると、前と同じように欠けていった満月は、また前と同じように元の形を取り戻し、また元の満月が戻るとお団子を食べて宴会をしました。

そうしてまた日が経つと満月は欠け、集めた砂金で満月が戻りが幾たびもありました。
それを何度も繰り返す内に、らげたけは砂金を集めるのがとても上手になり、いっしきさんの身なりと羽振りはとても良いものになっていきました。

何度目かの新月の日のことでしょう。
らげたけがいっしきさんのところに砂金を託しに向かうと、いっしきさんは居ませんでした。
ベガスにカジノ旅行に行っていたのです。

らげたけは困りました。うろたえました。今までないくらいに狼狽しました。
このままでは満月が直せないのです。
困ったらげたけはいっしきさんに電話をしました。
ジャラジャラとメダルが鳴り、スロットがうなり、絶え間なくカードの切られる音とカラカラと玉の回る音、勝利の歓喜や落胆の悲鳴などでどこまでもうるさい電話口から、いっしきさんは答えました。

そういえばそんな時期でしたね。
では、そうです、いっしきさんの家の裏に、ここらで一番高い丘がありますね。
そこに集めた砂金を持っていき、いっしきさんからだ、と、そう伝えて空に捧げて下さい。

らげたけは困惑しながらも砂金を持って丘に向かい、夜を待ちました。
不安を胸に、絶望に圧し潰されそうになりながらも、幾度目かの藍色ばかりが支配する夜空に砂金を捧げました。

すると、どういうことでしょう。
集めた砂金がふわりと舞い上がり、サラサラと、サラサラと、連なるように天高く舞い上がっていったのです。
どこまでも続く砂金の架け橋が、宙の向こうまで続いていき、藍色に呑まれて消えて行ったのです。

あまりの神秘的な体験にらげたけは言葉を失い、そこからどうやって帰ったかも記憶が定かでなく、気がつくと朝で、自分の布団の中で眠っていた事に気付きました。
そうやって目が覚めて、昨晩の体験を思い出し、そういえばいっしきさんからの砂金だと空に伝えるのを忘れていたなあと思いました。

その日の昼前のことです。
らげたけは驚きました。
一体何があったのかと目を疑いました。
らげたけがお昼ご飯代をおろしついでに預金通帳に記帳をしに行くと、身に覚えのない大金が振り込まれていたのです。
その振込明細にはこのように書かれていました。

月修復協力費、と。

それからは大きく変わりました。
らげたけは満月が修復されていくのを焦れったいように待ち、満月が戻ると早く欠けないかと悶え、満月が欠け始めると喜び勇んで昼夜を問わず砂金を搔き集めるようになりました。


満月は黄金色を交えて白銀の輝きをみせていました。
らげたけの目も優しい光を湛え、満月のように黄金色を交えて白銀に輝いていました。


めでたし、めでたし。

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