らげたけと肩たたき券のおはなし

それはもう今年もそろそろ終わりであろうかどういう頃のおはなしでした。


らげたけがいつものように昼間から薄暗い寒空に凍え、茅葺屋根の上でしんしんと雪に埋もれながらいつものように空を眺めていると、一面の灰色から降り積もる雪の結晶に混じって何やら白いものがひらひらと、ひらひらと、いくつも舞い降りて来るのが見えました。
それはこれまで見たこともないものでしたので、らげたけは興味津々、雪をかき分け掘り進み、その舞い降りて来たもののところへと向かいました。

舞い降りて来たものを手に取ると、それには『肩たたき券』と書かれてありました。
当日限り有効と書かれた肩たたき券は何百枚と何千枚と、それこそ雪のように舞い降りてきましたので、らげたけは周りが汚されない為にもそれをかき集めました。

さて、らげたけの手元には用途の分からぬ肩たたき券が山のように集まりましたが、使う先が分かりません。
当日限りとありますのでどうにも今日中に使わないことにはただの紙切れと化しそうです。
困ったらげたけはいっしきさんのもとに向かい、それを見せました。
するといっしきさんはいきなり硬直し、機械的な声でらげたけに告げました。

「肩たたき券、1枚10たたきです。10枚使用の場合は110たたき出来、最後の10たたきはSR以上9品、SSR1品確定です」

らげたけは訳が分からないままもとりあえず1枚を渡しました。
「1枚ご利用、10たたきです。初回利用はSSR1品確定です。肩をたたいて下さい」
いっしきさんはそのまま硬直し続けたままなので、仕方なしらげたけは肩をたたきはじめました。
するといっしきさんは何か呪詛のようなワードを吐き出しながら、色々なものを放り出しはじめました。
それはいっしきさんの身体から出てきているようでしたが、原理はよく分からず、いっしきさんの身体がワームホールのようになっているかのようでした。

「Rスキー板、SR空飛ぶヤギ、Rでんでん太鼓、R次世代ゲーム機、SRゲーミングチェア、Rマーライオン、R一輪車、Rぬいぐるみ、Rぬいぐるみ、SSR核融合炉」

いっしきさんから、そのような理解に苦しむ一連の言葉とそれに相当するものがぽいぽいと出てきました。
それらは正直割とどうでもいいものでした。
何故か2つも出て来た空飛ぶヤギとやらに関してはそもそもヤギですらなくどう見てもシカで、しかも個体のひとつはメスのくせにツノまで生えていました。

しかしらげたけにとってこれは面白い出来事でした。
運のいいことに肩たたき券はたんまりありますし、利用期限は本日中です。
硬直がとけ正気に戻ったいっしきさんが周りに散らばっているものに戸惑いを隠せない中、思い切って10枚を渡すと、再びいっしきさんは硬直して「10枚使用、110たたきです。最後の10たたきはSR以上9品、SSR1品確定です」と喋りはじめました。

らげたけはたたきました。これでもかと言わんばかりにたたきました。
いっしきさんからはどんどんとものが吐き出されました。
色々なものが出てきました、RやSRと呼ばれるものの群からは被って出て来るものもたくさんありました。
SSRと呼ばれるものの群は最初の1回からしばらく出てきませんでしたが、その内に、超電磁砲、ファラオのひつぎ、黒水晶、エクスカリバー、国家予算、VRゴーグル、最後の晩餐、猫バター装置、黒い蓮のカードなど様々なものがちらほら出て来ました。
SSR徳川埋蔵金を引き当てたあたりでらげたけは多少の疲れを感じ、そろそろ飽きも来てきてはいましたものの、まだ幾らかの肩たたき券が残っているのを見ると、せっかく本日中だしとたたきつづける衝動に駆られ、それを止めることは出来ませんでした。

気づけば最後に残っていたのは9枚ばかしでした。
らげたけは最初に1枚だけを使ってしまったことをひどく後悔しながらそれを消費し、いっしきさんの肩をたたき切りました。
日もとうに暮れ、あたりは随分と寒くなっていました。
らげたけは最後の1枚で手に入れたSSRいっしきさんブロマイド集を囲炉裏に焚べて暖を取り、あたたかな夜を過ごしました。
いっしきさんの肩はたたきにたたかれ、ふにゃんふにゃんに溶け切っていました。

翌朝、らげたけが目を覚まして見てみると、そこは当然のように前の日にたたき出した数々の品で埋め尽くされていました。
らげたけの部屋は十分に広いものとされていたので、それだけのものが置かれていても何一つ不自由することのないものではありましたが、それでも不要なものが散らばっているのはらげたけのお気には召しませんでした。
らげたけは処分を考え、決意に満たされました。

とはいえ普通に捨ててしまうには惜しいものばかりですし、処分にはお金がかかります。
フリマアプリで売り払ってしまおうかとも考えましたが、会員登録や金額設定、梱包や出荷、売れた場合の確定申告が面倒ですし、何より買ってくれる先があるかも分かりません。
やむなし、らげたけは不法投棄をすることに決めました。

そうと決まれば話は早い、らげたけは早速ものをかき集め、奇遇にもちょうど都合よく家に余りに余っていた大小様々の靴下にものを詰め込み、Rスキー板にSRゲーミングチェアをつけたものにSR空飛ぶヤギ8頭を繋ぎ、準備を整えました。
決行は人の目につかない真夜中です。

夜になるとらげたけは身元がバレないようにSR悪魔の面を装着し、SSR次元扉から飛び立ちました。
ヤギはらげたけと溢れかえらんほどの荷物を載せて、颯爽と駆け出しました。

らげたけは夜空を舞う風になりました。
ヤギはいななき、あたりに漂う星々を足場にけたたましく蹄を鳴り響かせ、縦横無尽に駆け回りました。
そうしてらげたけはそこら辺にわじゃわじゃある一般家庭のそれぞれに、不要になった品をばら撒いてまわったのです。
ある家にはぬいぐるみを、またある家には量子コンピュータを、別の家々にラヴクラフト全集を、コツメカワウソを、本枯れ節を、イースターエッグを。
持て余していた不用品はどんどんと減っていき、夜空を吹く風は冷たくとも心地よく、愉快爽快大正解でした。
らげたけは吼えました。

らげたけはそれをこっそりと為していたつもりでした。
しかし、しんと静まり返った夜に響く蹄の音にヤギのいななき、家々に落ちて来る大小様々の飛翔体、歓喜に燃える正体不明の咆哮、縦横無尽に夜空を交差する悪魔の顔を人々は見ていました。
その謎の怪現象を人々は恐れ、サタンクロスだ、サタンクロスだ、と口々に囁き、窓から覗かせた顔を引っ込めて家の中で震えました。

夜が明け方に近づく頃にはらげたけの荷物もすっかりなくなっていました。
らげたけは満足して家へと帰り、ぐっすりと眠りました。
素晴らしい達成感と一日遅れで来た筋肉痛でそれはそれはぐっすりと眠れました。

それから何事もなく幾日が過ぎ、幾月が過ぎ、一年が経とうとしたある日のことです。

らげたけが相変わらず雪に埋もって凍えてながら空の灰色を眺めていると、何やら見覚えのある白いものがひらひらと、ひらひらと何枚も舞い降りてくるのが見えました。
肩たたき券です!今年も肩たたき券がやってきたのです!
らげたけはもういてもたってもいられません。これは一枚たりとも逃してはなりません。
らげたけは力の限りでかき集め、いっしきのもとに向かいました。

その頃にはいっしきさんの肩もすっかり元に戻っていました。
らげたけは早速いっしきさんに肩たたき券を10枚束でまとめて全部差し出し、間髪入れずに連打を始めました。
いっしきさんはものすごい勢いで景品を吐き出し続け、全てたたき終わる頃にはまたしても肩はふにゃんふにゃんになっていました。
そうしてらげたけはその年も厳選を行い、不要なものは前年と同じように処分を行いました。
人々はサタンクロスの再来と再び縮み上がりました。

そういった一連が、毎年年の暮れが近づいた頃に行われました。
年が経つにつれ、人々は何故か聖夜になるとやってきては贈り物を落としてくれるサタンクロスを善きものとして扱うようになりました。
それは世代を超えて語り継がれ、その呼び名は微妙に語り間違えられ、伝説となりました。
それはらげたけがある年から持ち物に満足し、肩たたきをやめて贈り物を落さなくなってからも物語として残り続け、それは家庭単位で親から子にプレゼントを授けるイベントへと変わっていきました。
それは不法投棄からプレゼントへと形を変えましたが、その内容が子ども本人の欲しいものリストを無視したものになりがちなことに関しては依然変わりありませんでしたとさ。

めでたし、めでたし。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?