らげたけと訪れる春のおはなし
それは冬が眠り始め、春が目を覚まし始めた少し後の頃のことです。
冬の名残を残しつつある中、らげたけもまた目を覚まし、地中よりごそごそと這い出て、新しい年を迎えました。
あたりはまだまばらに薄く緑で、いくつかは始まりつつも、まだ全てが全ては始まっておりませんでした。
草々はまだ芽を出したばかりで、木々の花もまだ蕾に身を包んで、これから、というようでした。
らげたけが背伸びをして身体をほぐし、眠気がようやく取れて来たあたりに、ふよふよと空を飛ぶいっしきさんを見かけました。
らげたけはそれを見て、近くに生え始めていた名もなき新芽にのぼり、同じようにふよふよと飛び始めました。
らげたけはいっしきさんについてふよふよと、ふよふよと、しばらくを飛んでいました。
元の場所よりある程度を離れたあたりで、いっしきさんは地面に降りました。
そこはまだ草木が春を始めておらず、非常にさびしく枯れておりました。
いっしきさんはそこに降り立って地面をトントンと叩いて背伸びをすることを何度か繰り返しました。
そうすると地面から芽が出て、すくすくと育ち、花を咲かせました。
木々もまた、蕾を開かせ、花を咲かせ、葉を生やす準備を始めました。
らげたけはそれを見て、いっしきさんと共にふよふよと飛んで花の中に潜り込み、花粉を体いっぱいに付けました。
そうして互いに目をショボショボさせて絶え間なくクシャミをしながら、また別の場所に向かいました。
そこでまたいっしきさんは地面を叩いて背伸びをし、花を咲かせました。
らげたけといっしきさんはまたもふよふよと飛び、花に潜り込み、先ほど付けた花粉を花に塗りたくっていきました。
そうやって、飛んでいっては花を咲かせ、花を咲かせては花粉まみれになり、飛んでいっては花を咲かせ、花を咲かせては塗りたくりをいくつもいくつも繰り返しました。
気付けばあたりは一面のお花畑になっていました。
それを見て、らげたけといっしきさんは何か満足をした風にどこか遠く北の方に、ふよふよと、ふよふよと、飛び去っていきました。
花が咲き乱れ、ポカポカと暖かくなってきても、あたりは一様に静かでした。
いつの時代だったか、人というものによって目には見えぬ大きな花が咲いてから、どこもかしこも、花咲かすもの以外は誰も居なくなっていました。
満面の花だけが、ただただあり続けました。
授粉を終え、次の世代を受け継いだ花々は実りをつける準備の為に静かに咲き乱れてありました。
いずれ秋が来れば、またらげたけといっしきさんがやってきて、今度は種を運んでくれることでしょう。
それを待ちながら、穏やかな世界は、何事もなく穏やかにあり続けてありました。
めでたし、めでたし。
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