らげたけと船のお話

 それはらげたけが船旅をしていた頃のお話です。

 らげたけが目を覚まして客室からフロアーに出てみると、今日も今日とて貴族と思しき立派な身なりの紳士達が年代物のワインを片手に他愛もない会話に明け暮れておりました。
 彼らの飲んでいるワインはどれもこれも一本が数十万から数百万のものでしょうか、それらを何一つ気にすることもなくそれぞれの卓で開け、特にありがたがるわけでもなく、かと言って特に雑に扱うでもなく、美味しそうに、上品にくゆらせておりました。
 らげたけにはそういったものを延々嗜み続けることは特によく分かりませんでしたので、チロリと一口頂いてからフロアーを後にしました。

 フロアーの先のカジノでは別の紳士たちがルーレットやポーカーゲーム、スロットなどに興じていました。
 彼らも何かそれに白熱するわけでもなく、またばらまくわけでもなく、その時の勝った負けたをどちらに転んでも楽しんでいるようでした。
 らげたけだって限りなく財は持ちこそしていましたが、無限に遊び続けることには興味がありませんでしたので、軽くポーカーでストレートフラッシュを出し、スロットで7を3つ揃え、それらが00に掛けたルーレットで全て溶かしたあたりで切り上げて、カジノもまた後にしました。

 デッキに上がる前に、らげたけは客室をちらと覗いてみました。
 どこの客室も開放的に扉は開け放たれており、その中のどこもでいっしきさんがところどころゆらゆらと揺らめいておりました。
 いっしきさんが何を考えているのかは分かりませんでしたが、フロアーにしろカジノにしろ、その至る所のところどころでいっしきさんは変わりなく揺らめいておりましたので、らげたけも特に気にかけることもなく、そのままデッキへと上がって行きました。

 デッキに登るとそこは満点の星空でした。
 真っ暗な中をキラキラと星が舞い散り、不気味ながらも幻想的な雰囲気を漂わせて、一面を占めておりました。
 ふと見ると、遠く空の向こうから小さな艇が灯りを灯して降りて来るのをらげたけは見ました。
 中には人が乗っているようで、驚いた様子でらげたけの方に光をかざしました。
 光の通り道にあった星たちは、より一層キラキラときらめき、一筋の天の川を掛けました。
 らげたけはそれが気になりましたが、なにぶん光を当てられて眩しかった為、いそいそとデッキを後にし、自分の客室へと戻って行き、その日の一日を終えました。


 その日の新聞の一面は大きなニュースが飾りました。
 その昔、遙か北の海で突如として沈没、消息を絶った豪華客船を海洋探査の潜水艇が目撃したというのです。
 それを聞きつけ、多くの調査艇がその周辺に向かわされました。
 潜水艇が捉えた深く深海に浮かび上がった船体と、そこに写った謎の白い生き物をサルベージすべく、各国が協力し、探索に乗り出しました。
 しかし、幾ら探せどどこを探せど船や謎の生物は見つからず、幾月かの後には、アレは潜水艇の偽造写真であったのだとの見方が強く出て来て調査は打ち切りに終わることとなりました。

 らげたけは、またその日もフロアーとカジノを回り、デッキから満面の星空を眺めていました。
 皆を乗せた沈没船の幽霊は、他に人に知られることもなく、同じ時を繰り返しながら、いつまでも海の底に沈み続けてありました。
 決して変わりない平穏の日々を、海は守り続けて永遠の時を刻み続けたのでした。

めでたし、めでたし。

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