らげたけと海のおはなし

それはまだ海が今までよりも浅く、日本という国も本州と九州、五島列島や沖縄、佐渡島や壱岐対馬、北海道などが一繋ぎの島として存在していた頃のお話です。


らげたけが虚無に浸りながらぼんやりと海を眺めていると、空から差す日の光に跳ね返り、海面はところどころをキラキラと、キラキラと輝かせていました。
日の光はまんべんなく空から降り注ぐのに対して、海面の輝くところは僅かばかりで、それはらげたけにとって非常に不思議な現象でした。
折角日の光は一様にあまねく注がれているので、海も同じように満面にキラキラ光ればいい筈です。その方が絶対にお得です。
らげたけは海の方も一面輝かないかどうかいっしきさんに聞きに行きました。

いっしきさんの言うには、それはどうにも無理なおはなしでした。

それはこういうことでした。
いいですか、らげたけよ。海にはタチウオというお魚がいて、タチウオは銀色の体に綺麗なウロコを纏わせているのです。
けれどもそのウロコは時々剥がれ落ち、それはそれはとてもつらいものなのです。
ウロコが剥がれ落ちるから、タチウオはそれに涙するのです。
そうやって集まったタチウオの涙が、海になるのです。
タチウオのウロコは海面に浮き、陽の光に晒される時にキラキラと煌めきながら溶けて消え去ってしまうのです。
だかららげたけよ。無理な話なのです。
タチウオにかわいそうな思いをさせてまで海をキラキラさせることは酷であります。

らげたけはとても悲しくなりました。
ウロコが剥がれ落ちて涙するタチウオが不憫になりました。
そのような可哀想な生き物があってはならないと強く感じました。
タチウオは悲しみの運命から解き放たれてつらみの無いしあわせな世界を手に入れるべきだと使命感に駆られました。

らげたけは請願書をしたため、海へと向かいました。
海に請願書を投げ込むと、海もそれを読み、左様であればと、海にひとつの縦穴を開け、塩の結晶をかき集めて梯子を下ろしてくれました。
らげたけはそれを伝って降りていき、魚探を頼りにタチウオの元へと向かいました。
その日のタチウオのいた水深は140m周辺でした。

タチウオは真上を向いて何本もがゆらゆらと漂っていました。
その体にこぼれんばかりのウロコをたたえ、陽の届かぬ深く暗い海の中でウロコをちらちらと散らしながら静かに涙しておりました。
らげたけはそれを見つけると、早速おまじないをしました。
ウロコがもう剥がれ落ちないように、タチウオがこれ以上涙しなくていいように、深く祈りました。
そうするとタチウオの体からはウロコが剥がれ落ちなくなり、タチウオはつよいしあわせを得ました。
タチウオはらげたけを讃え、らげたけの恩を忘れぬように自分たちの目をらげたけのようにつぶらで丸くして遺伝子に刻み込みました。
そうして、お礼に自慢の銀色の体を授けようとしましたが、らげたけは白く、それはそれで素晴らしい美しさを放っておりましたので、代わりにもう一つの自慢の鋭い歯をらげたけに授けました。
らげたけはタチウオが救われたのを見届けると、非常に満足した旨を海に伝えました。
海は梯子を溶かし、縦穴を閉じ、らげたけは海水に包まれて浮力の任せるがままに海面へと上がっていきました。
上がってくる途中で閉め忘れてた口に流れ込んで来た海の水はタチウオの今まで流してきた涙でひどく塩辛くなっておりましたが、これもいずれは塩辛くなくなって住みよいものになるのだろうと思うと、らげたけはとてもよいことをした思いで胸がいっぱいになりました。

そうして迎えた次の朝のことです。
らげたけが海の水のどれだけ塩辛くなくなったかを確かめに行くと、なんということでしょうか、海はまるで干上がって、何も無くなっていました。
慌ててタチウオの様子を見に行くと、タチウオはウロコの剥がれることなく、涙することもなく、海底だった場所で皆が皆してビチビチと息も絶え絶えに苦しそうにしていました。
海の水はどんどん蒸発していくのにタチウオが涙を流さなくなってしまったせいで水が全て無くなってしまったのです。

らげたけは酷く後悔しました。
己の成したことを恥じ、生まれて来たことを悔いました。
苦しみから解き放つ筈が、より一層強い苦しみを与えてしまったのです。
まじないは同じくしてのろいでもあったのです。
らげたけは涙しましたが、らげたけの涙だけでは海はひとつも満たされませんでした。
らげたけは現実を直視することが出来ずに、その両の目は互いにあらぬ方向を向いて戻らなくなりました。

しかし、らげたけの涙のひとしずくがタチウオの体に触れた時、タチウオにかかっていたおまじないはタチウオの体を離れ、ふわっと空へ舞い上がりました。
タチウオは涙することが出来るようになり目一杯に泣きはじめました。
タチウオはウロコが剥がれ落ちるから涙するものでしたので、ウロコもタチウオの泣くために体から盛大に剥がれ落ち始めました。
一面がキラキラとした輝きを湛えた涙で満たされて、それはとどまるところを知りませんでした。
溢れ返った涙に、らげたけは岸まで流されていきました。
それは今以上に嵩を増し、今まで陸だったところもすべて埋めきってしまわんかという勢いでした。


そうして今の日本という国は本州に付随するように九州や北海道、五島列島や沖縄、佐渡島や壱岐対馬がそれぞれの島として存在するようになったのです。
更に海はかつてよりも一層塩辛くなり、陽の当たる海面は一面にキラキラと輝くようになったのです。
それはタチウオの流した大量の涙からくるものであり、タチウオから剥げ落ちた大量のウロコからくるものでした。
おかげさまでタチウオはウロコが軒並み剥がれ落ちる魚となってしまいましたが、釣れ上がったウロコのないタチウオを見ると、その目はかつて恩を受けたらげたけのことを忘れてないという純真につぶらな丸い瞳の形をしており、それを見るらげたけは、タチウオがそれでもありがたく思っていたのだなという気持ちで心が癒されるのでした。
塩焼きにしたタチウオからは、らげたけへの感謝から非常に美味しい味が感じて取れました。


めでたし、めでたし。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?