らげたけと道案内のおはなし

 それはらげたけの森が茂りまくっていた頃のおはなしでした。


 探検隊の者がらげたけの森の探索をしておりました。
 いつでもいいから森を探索したいと思っていた探検隊の者は、冬のうちかららげたけに掛け合い、ようやく時間が取れたのはうだるように暑い真夏の盛りにまでなっておりました。
 流石に近年の猛暑ではまずかろうかとも思われましたが、なんてことはない、森は木々に覆われて影ばかりにチラチラ光の差し込む心地よさで、川で冷やされたような涼しげな風までどこからともなく緩やかに吹いている避暑地となっており、探検隊の者は非常に満足がいっておりました。

 らげたけの森はそこそこに広く、また非常に迷いやすく出て来られなくなるということでしたので、らげたけは道案内を用意して探検隊の者を出迎えてくれました。
 道案内は重ったるい荷物まで預かって同行してくれたので、探検隊の者にとっては普段より身軽に軽快に探索を行うことが出来ました。

 迷いやすい、出て来られない、と聞いて当初、探検隊の者は多少身構えてあったりはしたのですが、道案内も案外呑気なもので、危ない方に向かって行ったら直ぐに引き戻すのでそれほど気にされずに自由に歩き回って何一つ問題なかろうでしょうと、特に行く先を縛ることもありませんでしたので、気の向くまま心ゆくままにアレヤコレヤを見ることが出来ました。

 らげたけの森には色々と不思議なキノコや謎のいきものなどあり、それらは探検隊の者を楽しませるのには十二分なほどワジャワジャとおりました。
 中には道案内が、コレは近くに寄ると怒り狂って突っ込んできたり危険なので遠目から眺めるだけが吉ですとか、石などを投げさせてみてコレはこのように衝撃が加わると毒液を撒き散らすのでよろしくないなどと言うものもあったため、決して安全な森であるようではありませんでしたが、もともと森なんてものは大体安全とはかけ離れた自然のものでしたので、特に探検隊の者の不満に繋がることはありませんでした。

 探検隊の者が小川を見つけ、アユやヤマメの仲間に見えるものの明らかに四足で川底を歩き回る不思議生物などを眺めていると、道案内が木の方を指差して、コレの赤くなってる実は食べられるものでとても美味しいんですよと教えてくれました。
 見ればその木には小ぶりな実がいくつもなっており、その根元には半分くらい壊れていましたが簡素なほこらまで建ってありました。

 探検隊の者はその実を取って一口味をきいてみようとしましたが、それは道案内から止められました。
 道案内の言うには、確かにコレは食べられるものですけれども、この森のものは口にしてはいけませんよ、とのことでした。
 この森は、いわゆる向こう側の世界に似通ったものであり、向こう側のものを食べると此方側には戻って来れなくなるという忠告でした。
 探検隊の者もヨモツヘグイというものは知っておりましたので、なるほどそれはちょっと怖いような気がすると身構えたりもしましたが、道案内も危ないものは危ないと教えてくれる親切でありましたので、少し怖がりながらも安心して探索を続けました。

 しばらくを歩くと、道案内がペットボトルを口にし、涼しいですが水分は怠ってはいけませんよと、一口どうぞとそれを差し出してくれました。
 探検隊の者は、この女性は自分の口にしたものを不用意に差し出してくるなんて、もしかして俺のこと好きなのかなあなどと思いましたが、自前のボトルにもまだ十分がありましたのでそちらを口にし、まだ全然あるから大丈夫ですよと応えました。
 道案内は多少困ったように顔を赤らめましたので、やはり俺のことが好きなのではと探検隊の者は思いました。

 かなりを歩いて森の込み入ったところまで来たあたりで、道案内は、向こうにロッジがありますので、そちらでお昼にしましょうと誘ってくれました。
 そこそこお料理なんかも得意なんですよ、と、この森は自然の恵みも豊かですし、素晴らしい御馳走を振る舞ってあげましょう、と、とても嬉しそうに自慢げに語ってくれました。
 見れば、もう顔は耳の先まで真っ赤っ赤で、これはもう間違いなく俺のことが好きなんだなといった風でしたので、探検隊の者は喜んでロッジまでをついていきました。

 ロッジは森の奥の方にあるにも関わらず、とても綺麗に手入れがされており、ここで夏のひと時を過ごすのはとても気持ちよさそうに感じられました。
 ロッジの設備を一つ一つ見て回りきる頃には、道案内はすっかり昼食の準備を整えて、ダイニングからはフワリと温かいスープの香りなどが漂ってきていました。

 食卓につき、見回すと、それはご馳走の山々でした。
 赤い実と山菜のスープや、なんだかよく分からないものの肉、四足魚のムニエルなど、どれをとっても天下一品の三つ星料理のそれに違いありません。
 森というのは神秘であり、恵みなのだなと探検隊の者は感じ、また、ふとひとつだけ疑問が浮かびました。

 確か、この森のものは口にしてはいけなかったんじゃなかったんだっけ?

 そう、道案内に訊いた刹那、ロッジの入り口の戸がけたたましく開け放たれました。
 見れば、そこにはらげたけと、今回の道案内を任されて探検隊の者の荷物を山ほど担ぎ上げさせられたいっしきさんが、必死の形相でおりました。
 ハッと気付いてあたりを見回すと、そこはロッジでもなんでもない大きなキノコのウロの中で、料理はワケの分からないグチャグチャした塊、向かい合って見えるはドス黒い中からウニョウニョと触手を生やして液体を撒き散らす、澱みから生まれたような何かでした。

 ドス黒い何かは金属を擦り合わせたような共鳴音を響かせると、探検隊の者やらげたけやいっしきさんの横をすり抜けて、どこかへと消え去ってしまいました。


 らげたけは安堵しました。
 あわや戻って来れなくなるすんでのところで探検隊の者を引き留めることが出来たのです。
 もう少しいっしきさんの見失った報告が遅ければ、もう手の打ちようはなかったでしょう。
 探検隊の者はもう動転して顔面蒼白、生きた心地がしないといった様相で、もうどうにもならないようでしたので、そこからは真っすぐ一直線に帰るより他にありませんでした。
 とりあえずいっしきさんはとんでもないことをしてくれましたので、帰り道の間をシバき続けました。

 森の出口まで辿り着く頃には探検隊の者もある程度落ち着きを取り戻し、らげたけに感謝したりなどをしておりました。
 らげたけも、よくよく考えると森のものを口にしてはいけない旨は伝えていなかったので、深く反省などをし、探検隊の者にはお詫びをしないといけないなあなどと思いました。

 そうして、森の出口に着きました。
 探検隊の者とらげたけが抜け出しても、何故かいっしきさんは森の出口でウロウロと立ち往生をしております。目の前の出口が分からないのでしょうか。
 見れば、いっしきさんの口の端には何か食べカスのようなあとがあります。
 らげたけは、そういえばコレにも森のものを口にするなと言ってなかったなあ、と、そうボンヤリ思い、かといってもうどうにもならないので、スッパリと諦めて、いっしきさんから探検隊の者の荷物だけを引き剥がして、置いて帰ることにしました。
 いっしきさんもしばらくは辺りをウロウロしておりましたが、その内側に出てきた何者かに手を引かれ、森の奥の方へと戻っていきました。

めでたし、めでたし。

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