らげたけと桜の木の下のおはなし

それはらげたけがまだ白に灰の混じった産毛に覆われていた時代のおはなしです。


その頃の世界というものは一様に薄く暗く、人々や生きもの達は星空の光と木々や岩などが放つ赤や黄や青や緑の、それぞれに違って光る仄かな明かりの中で暮らしておりました。
どこかしこも寒さや温もりというものもなく、ただひっそりとした中で眠り続けるように静かで、寂しげに穏やかな様を見せていました。
らげたけもまた、ところどころにある特に明るい岩を探してはそれを中心に居を構えてそれの光の落ちるまでを過ごし、世界というのはそういうものなのだと転々とおりました。

ある日のことです。
拠点としていた岩の紫の光も薄暗くなり、またしばらくは光らないだろうことを感じたらげたけが次の住処を探していますと、ひときわ明るく輝く桜の木を見つけました。
普段、木々は岩よりも薄暗く光るものでありましたが、その桜の木は岩に引けを取らぬ、むしろそれ以上に明るく紅に桃に輝いておりました。
らげたけはそこに居を構え、しばらくを過ごしました。

そのしばらくを過ごしても桜の木は一向に光の衰えるところを見せませんでしたので、らげたけも流石に不思議がり、いっしきさんにその何故たるかを訊きました。
いっしきさんの答えるには、そのように光る桜の木の下には人間が埋まっているのだということでした。
人の血の紅なるものが桜の木を紅に光らせ、その力は非常に大きい為にいつまでも明かりが絶えないのだということでした。

いっしきさんというのは往々にして胡散臭いことを言う輩であることはらげたけも重々承知しておりましたので、あやしみがりて桜の下を掘り進むことにしました。
それをすることで桜の木は光を失うかも知れませんでしたが、今まで転々としてきた中でも特に長い間をこの場所で過ごせて満足しており、特に未練もありませんでしたので、何の遠慮もなく掘って進んでいきました。

らげたけがずんずんと根に沿って掘り進んでいくと、人間はありませんでしたが広く明るい地下の空間へと辿り着きました。
そこは地上では見られないほどに明るく、また奥に向かうほどに非常に温かく、溶け落ちてしまいそうでした。
らげたけがふにゃんふにゃんに溶けそうになりながらも地下空間の奥底まで探索を続けると、向こうに何か人なるものを見つけました。
それは人ではなく、神でした。
神は、どこまでも温かく溶け落ちそうなほど赤くドロドロと煮えたぎった水にふくらはぎの中ほどまでを浸し、足湯をしておりました。

神は自身が富める神で、この地底にあるものの全てが所有物であると名乗り、何用かと問いました。
らげたけも正直興味本位で来てみただけだったので特に用事などありませんでしたが、突然の来客を喜んでいるのか疎んでいるのかよく分からないそのアルカイックに凄みのある微笑みに圧され、ちょっとそれ言っちゃまずそうだなとタジタジしました。
言葉に詰まったらげたけがあたりを見回すと、神の後ろに眩く輝く光球があるではありませんか。
らげたけは思い切って、地上は暗いのでその光球を分けてもらい、空に浮かべてもらえないだろうかと訊ねました。

神は少し考え、らげたけに言いました。
やぶさかではない、が、しかし、ただ来て寄越せと言われて無償で渡す程お人好しでもない。慈善事業というのは経済を回さないから嫌いなのだ。対価、そうだな、対価が欲しい。私は地底を統べるが故に地底のものは軒並み持っているが、地上のものはまだ手に入れてない。魂だ。私は女神であり、女として持て余しているが故に、男の魂が欲しい。男の魂を持ってまいれ。さすればこの大火球もくれてやろう。

らげたけはそれを聞くと地上に戻りました。
桜の根本から這い出ると、桜はまだ変わらず光り続けておりました。
そしてらげたけの体もほんのりと光ってありました。
おおよそ地底から来る力がものを光らせていたのでした。

さて、男の魂を探すということでしたが、らげたけには男が分かりませんでした。
実のところらげたけは男も女もどちらも有してはありましたが、どちらも持っているということはどちらも持っていないことと大して変わりはなく、故にらげたけは自分の中の男性には気付けませんでした。
困ったらげたけがいっしきさんに訊くと、どうやら人間に男と女というのがいることが分かりました。

らげたけが男を求めてさまようと、りんごの木の下に人間のふたつあるのが見えました。
人間はりんごを取ろうとしており、すぐ側にはヘビがありましたので、ヘビに噛まれてはいけない、折角探しているのに台無しになりかねない、とらげたけはヘビを追い払い、人間にりんごを取ってあげました。
人間はお礼を言い、またヘビもりんごの美味しいことを教えてくれてたので追い払わなくてもよかったのにと言いましたが、ヘビは信用ならないのでらげたけは遠くからまだ様子を伺っていたヘビを更に追い払いました。

人間はふたつに分かれており、ひとつは肩から腰までかけてすっと平たいものと、肩から腹の上あたりにかけてこんもりとふたつに膨れ上がっているものとありました。
ふたりはそれぞれエイダムとイーヴェと名乗りましたが、らげたけはあまり名前というものに馴染みがありませんでしたので特に気にしませんでした。

らげたけは自身が女であると言っていた神を見て、その形の人間に似通っているのを知っておりましたので、平たい方が女でこんもりと膨れ上がっている方が男であろうと思い、男の方にこのような事情で魂を頂けないかと頼みました。
妙なことに、男と思っていたほうは女でありました。人間と神とはおおよそ身体の造りが違っていたのでしょうか。
とはいえ改めて男と分かった方には股のあたりにふくよかなるものがついておりましたので、なるほどそこを見れば平たい方が男なのかもしれないと、らげたけは謎の納得をしました。

男は魂のなんたるかを知りませんでしたし、そんなものは普段から使っている覚えもありませんでしたが、明るい世界というものには興味がありましたので、快くそれを差し出してくれると言ってくれました。
らげたけはよろこんで、祝いに人間と共に取ったりんごを食べました。
途中で男がりんごを喉につまらせるなどありましたが、別段に支障はありませんでした。
そうしてらげたけは早速と神の下へと戻りました。

神は上機嫌でした。
約束のものは受け取った。こちらも約束通りこの大火球、地上の空に浮かべてくれようと言いました。
すると神の後ろにあった光球はすっと消え、高くに上がっていった気配がありました。
らげたけは満足して地上の様子を見に行きました。

地上は光に満ち溢れていました。
全てが燦々と降り注ぐ光に包まれて眩しすぎます。
それに非常に温かくて何もかもが溶け落ちてしまいそうです。
らげたけはこれでよかったのだろうかと不安になりながらも人間のもとへ報告に行きました。

男は冷たくなって動かなくなっていました。
女の方はさめざめと泣いておりました。
このようなことになってしまうのなら私もこのまま居続けても仕方がない、そう言って女の方もパタリと倒れ、同じように冷たく動かなくなりました。
らげたけは困りました。
何とかして男の魂を返してもらえないかと思いました。
神は彼女から男を奪っていきました。
彼女にとっての死神だったのです。

らげたけは神の名を吐き、呪詛を唱えました。
神は何かプルーっとした名前をしていましたが、らげたけも名前と言うものには馴染みがなく、聞き逃してよく覚えてなかった為、神のことを彼女の死神と、ハーデスと呼び、幾つもの呪詛を唱えました。
そうして気持ちの落ち着いたあたりでよくよく見ると、動かなくなった女の中にほの暖かく光るものがありました。
おそらくはこれが魂なるものです。らげたけはそれを持ってまたもや神の下へ向かいました。

神は不服でした。
らげたけの要求がらげたけよがりだったのです。
光が強すぎて溶けそうだからもっと少なくていい、この女の方の魂も半分渡すから男の方の魂も半分返してもらって、その分光も少なくして欲しいというのは神の側に何のうま味もないものだったからです。
それに神は等価交換が好きでした。
らげたけの言う通りの光量では男と女の魂では半分どころか欠片しか取れません。
神はしばらく怒り狂い、らげたけを追い払い続けました。
それでもらげたけは根負けせずに居座り続けたので、神もいよいよ疲れ果て、ぐったりしてしまいました。

そこで神に妙案が浮かびました。
神は言いました。
そなたの言う通り、魂は返してくれよう。大火球も弱火にしてくれる。ただしだ、その男と女の魂は年ごとに少しずつ私が頂くものとする。それだけでは満足いかぬ。男と女をまぐわらせよ。そうすると新しい魂が出来る。それも年ごとに少しずつ頂こうぞ。それで丁度だ。それも無理と申すなら何も返しやしないどころか貴様の魂まで喰らってくれようぞ。

らげたけにはそれが正当な取引かは分かりませんでしたが、おおよそこちらの言い分が通ったことは分かりましたので快くそれで取引をしました。
満足したらげたけは、最後に、人は膨れ上がっている方が女で平たい方が男であったが、見た限りでは神はまた違うのかと訊きました。
神の怒りは最高潮に達し、あたりは煮えたぎる赤いドロドロした水で溢れ返り、らげたけは慌てて逃げ帰り、掘ってきた穴を埋めて封をしました。

地上は暖かな光で包まれていました。
それは丁度よく、全てに優しいもので、しあわせに満ち溢れていました。
人間のところにいくと、男と女とどちらも息を吹き返してありました。
男の方は、まだりんごを喉につまらせたままでした。

らげたけは経緯と事情を説明して、まぐわいをして欲しいと頼みました。
そこではじめて男と女は互いのそれぞれの違いに気がつきました。
男の方には余っている部分があり、女の方にはもの足りない部分があり、それらを埋め合わせると何かいいことがあるように感じました。

そのようにして世界は光を得、人間というものは定命の定めを抱え、しかして子孫を残して次の世代に繋げるという業を手に入れました。
そうして富める神はまた冥府の神として、人のみならず全ての死を司ることになりました。
光の源たる地底の光球が空に移ったことにより、木々や岩などは次第に光ることをやめていきましたが、今や空高くから満遍なく光が降り注ぐため、何も不自由になることはありませんでした。


さて、らげたけが全ての仕事を終えて桜の木まで帰って来ると、桜の木は一面茶色く枯れ、その根本には大穴が空いてありました。
一体どうしたことかと駆け寄ってみると、中からひょっこりと出す顔があり、それはいっしきさんのものでした。

やっぱり桜の木の下には人間が埋まってましたね!しかもなかなかの美人さんですよ!

そう言ったいっしきさんの側から出て来たのは地底の富める神のそれでした。
神はにっこりと、しかし全然笑っている風ではない目で、微笑んで、いました。
らげたけは慌てて出て来たものを蹴落とし、掘り起こされている土を戻し、いっしきさんごと全て埋めきって、また掘り起こされることのないよう、しっかりと地固めをしました。

桜の木はまた紅に桃に吹き返しました。
しかし、一緒に埋められたいっしきさんはおおよそ緑色をしておりましたので、それからの桜の木は一時期だけを紅に桃に花を咲かせ、その他の時期は緑に生茂るようになりましたとさ。


めでたし、めでたし。

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